ラレコ山への道:国際交流員「目からウロコ」

#09 国際化?

2012年6月

 「日本の国際化を妨げているものとは何か?」について最近考えています。世界有数の経済大国であるにも関わらず、国内外で大概の人々が抱く日本のイメージは「閉鎖的な島国」だと思います。言語的なバリアはもちろんあると思いますが、実は日本はアジアにおいて、マレーシアに劣るとも香港や韓国と並ぶ英語能力の高い国であるそうです。他にも他国の領土になることがなかったこと、そして経済や政策面での様々な影響もあると思いますので、一概に「これが理由だ!」と言えることはできませんが、(日本を愛し誇りを持つ故)日本を変えたくないと思う保守的な考え方は至る所で浸透している気がします。

 それはいろんな形で姿を表します。例えば日本に住んでいる外国人がよく聞かれる質問、「いつ国に戻りますか?」です。他にもつい最近私が経験したのが、白人の友だちと出かけた際に起こった出来事です。宇奈月麦酒館にいた時ですが、友だちを目撃したある男性がまっしぐらに彼に接近し、「Where are you from?(どこから来ましたか?)」と聞きました。「I’m from America(アメリカから来ました)」と答えた友だちは、彼の帽子に「Australia」のマークがあることに気づき、次いで彼に日本語で「彼はオーストラリア人です」と私を指して言いました。私を一瞥した男性はそれを完全に無視し、友だちと英語で話し続けました。同日宇奈月の足湯で友だちと喋っていたところ、別の男性が同じく友だちに近づいて話しかけました。それまで私は友だちとずっと英語で話していたのですが、男性の私に対しての唯一の質問が「通訳さんですか?」でした。別に不愉快ではなかったのですが、なるほど日本において「外国人」の認識はまだまだ不足していると思いせざるを得なかったです。日本に私の様に馴染んでいる外国人などいるわけがない、いてはならない。外国人は皆日本を訪れ、日本の独特な美しさを味わうも、いずれ必ず自国に戻らなくてはならない。残ってはならない。そうした考え方が上記の出来事の背景にあると私は解釈しています。

 さらに言うと、その背後にはある種の恐れが佇んでいると思います。日本を外国に開放しすぎると日本が破壊されるのではないか、といった恐れです。日本人らしさを失うかもしれない、日本が誇る美しさを失いかねない、と意識的にせよ無意識的にせよ感じている方は多いと思います。

 オーストラリアにおいても20世紀の大半、そういった恐れが主流を成していました。「White Australia policy(白豪主義)」がそれを物語っています。アジア人移民を制限し、イギリスからの移住を増やそうと政府が躍起になっていたころです。今ではオーストラリアも見事に変わり、アジアや他の非白人の移民も積極的に受け入れています。それがオーストラリアにとってプラスになっていることは言うまでもないと思います。もちろんマイナスがないわけではありません。しかし良いことも悪いことも全て受け入れてこそ今の国際的なオーストラリアがあり、またオーストラリア人の独特なアイデンティティーがあると私は考えます。さらに言えば国際化によってオーストラリア人がオーストラリア人らしさを失うことは不可能だと思っています。

 今まで日本でも海外から様々なものを取り込んできました。中国から文字言語を受け継いだことで今の美しい日本語があります。現代の面白い例えとして、洋式トイレが挙げられます。あの素晴らしいウォシュレットが日本人らしくない、と言える人がいるでしょうか。日本は今までも、今でも現存するものを取り入れ改良することで新たな領域に持ち上げる力を持っていると思います。

 あまり根拠がない見解ですが、日本人が誇る日本人らしさが実質のあるものであれば国際化ごときで失われることはないと思います。逆に今の状態で国際化しないでいれば、失われるものが多いのではないでしょうか。

 では日本はどうやって国際化を促進するべきなのでしょう。私のつたない意見としては、まずきっかけを見つけることです。

 例を二つ挙げたいと思います。ひとつ目は街中でアメリカ人の友だちと歩いて、学生のグループがつるんでいるのを目撃した時のことです。彼らは俗にいう「アメカジ(アメリカンカジュアル風のファッションスタイル)」の衣服を着ており、特に黒人のファッションセンスに感化を受けている様子でした(ティンバーランドの6インチブーツにだぶだぶのジーンズ等)。それを見た友だちは、こんなことをぶつぶつ言ってました。「見ろよあれ~、マジかよ? アメリカでの黒人たちの経緯もあまり知らないで真似するべきじゃないよな」と。実際、東京では一部ブラックカルチャーが流行っているそうです。昔のガングロとはまた違うようですが、ドキュメンタリー番組で取り上げられていた女性二人は真っ黒に日焼けしていて、東京のヒップホップやラップ系のバーやクラブを巡回するそうです。もちろんそれに対する黒人の評価は十人十色、嬉しく思う人もいれば快く思わない人もいました。

 このような異文化の取り込みは確かにおかしいところもありますが、特に批判するものでもないと考えます。こういったきっかけを通して異文化交流に励む人々が日本の国際化において力を発揮すると思うからです。実際アメカジもアメリカとはすでに異なる日本独特のものになっているし、自分自身、割と気に入っています。

 そしてもうひとつ挙げたいのが、コラーレのワールドフェスティバル「Earth Moving」で演奏した「じぶこん」という二人組です。オーストラリアの先住民アボリジニの管楽器ディジュリドゥを巧みに操りつつ、アボリジニ民族の音楽文化とはまた異なる音楽を奏でていました。彼らの音楽にはアボリジニ民族特有の土地に対する敬意も感じられ、なおかつ紛れもない日本人らしい繊細さや感慨深さがありました。両方の文化があるのに、どちらの文化も欠けてはいない、これこそが国際化の究極だなと勝手に感動していました。

 日本には海外からの物を恐れずもっと無差別に取り込んでほしい。ブラックカルチャーもファッションや音楽だけでなく、思想も真似てほしい。韓流ポップやドラマをもっと見てほしい。醜いと思われる自己主張の強さ、自分勝手さやルーズさも含む欧米人の思想もどんどん取り込んでほしい。そうして取り込んだ要素が紆余曲折を経て国際化した日本に結びつくんだと思います。その中で「日本人らしさ」はなお輝き続けると信じています。




目からウロコ
宇奈月麦酒館にて。左の人物はただの通訳です。

(2012年06月 COLARE TIMES 掲載)

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