ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の四拾四】「師走」に思う

2006年12月
 今年も慌ただしく「師走」を迎えようとしていますが、世の先生方は本当に走り廻らなければならない厳しい状況が次々に報道されています「いじめ」「必修科目の未履修」等々、教育の現場で起こっている様々な問題が表面化するたびに胸が痛みます。

園児たちが箏を体験  現在私たちが携わる伝統芸能のプロデュースや制作の仕事も、実は教育の現場とは浅からぬ関係にあります。とくに2002年より実施された文部科学省よりの「学習指導要領」に謳われている「音楽の授業への和楽器の導入」は大きな影響がありました。基本的には、西洋音楽を学ばなければなることができない音楽の先生が、未消化のまま日本の音楽や楽器を「教室」という場で教えなければならない。ご苦労が多いこととは思いますが、本来は「音を楽しむ」はずの音楽が、「音を学ぶ」の“音学”になり、結果として子どもたちにはますます敷居の高いものになってしまわないための試行錯誤は当分続きそうです。

 コラーレが行っている「クラッシックのエントランス」や、以前紹介した茨城県小美玉市(旧美野里町)の学校アクティビティ事業など、公共ホールが実施する学校への“出前”公演も増えつつあります。音楽室等の小さな空間で、若くて実力のあるアーティストたちが、自分を取り囲んだ子どもたちに音響装置なしで圧倒的な演奏を披露し、子どもたちの視線で体験コーナーを行う。垣根を越えた一体感が子どもたちの目を輝かせるわけです。小美玉市の場合は、子どもたちと一緒に給食もいただくことになっています。若いアーティストにとっても、「自分のひと打ち、ひと弾き、ひと歌い、ひと舞い……が誰に向けて何のためにあるのか!」、つまりプロフェッショナルとしての意識を自覚する貴重なひと時でもあります。

 私が小学校の時分は、全校生徒を体育館に押し込めて、しかも冷たい床にいわゆる体育ズワリで1時間、「この苦痛から早く解放して!」なんて思い出しか浮かびません。音楽は「わかる、理解する」するものではなく「感じる」ものです。だから子どもたちにはできるだけ心の鍵を開けっ放して音楽と向かい合う環境をつくってあげたいと思うのです。音楽によって「感じる」心を磨くことが、他者の視線になれる事とか他人の痛みがわかる事とか思いやる心を育てる事とか……そんな心を自らの文化的アイデンティティーを体感できる日本の音楽で育んでいただけたらどんなに素晴しいだろうと思うのです。

 訪れる学校の音楽室の壁には「音楽の父バッハ」とか「楽聖ベートーヴェン」の肖像画が昔と変らず掲げてあります。いつの日かそれらと並んで「義太夫節の創始者・竹本義太夫」や「近代箏曲の始祖・八橋検校」の肖像画が掲げられる日が来ることを夢見て。

園児たちが箏を体験  フルートの後藤直、箏の後藤幹姉妹のユニット<花てまり>による幼稚園(小美玉市)への出前コンサートの1シーン。園児たちが箏を体験!

津軽三味線と長唄三味線の比較をレクチャーする様子  筆者が講師を勤める共立女子大学における授業。この日はお馴染み<あんみ通>をゲストに教室でワークシップを行う津軽三味線と長唄三味線の比較!

(2006年12月 COLARE TIMES 掲載)
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