ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の参拾八】コラーレ、そして歌舞伎座……万感の思い

2005年12月
 ステージからのパフォーマンスが客席を刺激し、観客の感動がステージに伝わる……ステージと客席との間に見えない「火花」が散っている、そんな劇場・舞台空間に身を浸せたときのあの“充たされた思い”。表現する方も、その表現活動を受け入れる側も、この「充たされた思い」こそ明日の元気の源になるのだとつくづく思います。「食べて、飲んで、着て、住んで……」つまり衣食住がある程度満たされたルーティーンな日々に活力を与えてくれる存在、それが劇場なのです。黒部に伺うたび、疲れた身体に日本海の旬の魚、そして立山連峰の水で造ったお酒を“補給”した時、「さーぁ、明日も頑張るぞ!」という気分になるのは私だけでしょうか。そして、そんな富山の美味なる食彩やお酒と同じぐらいのエネルギーを発している場所がコラーレなのではないかと常々思っています。

 コラーレがオープンした10年前の11月3日、マルチホールで三味線ライブを行うために初めて伺った折、コラーレのすべてが、誰も入っていない沸かしたての一番風呂に入った時のようにピリピリと肌に沁みました。10周年を迎えたコラーレ、今やゆっくり湯舟に浸かって鼻唄を歌いたくなるような安心感が漂っています。

 先日、現在の歌舞伎座の取り壊しと新築が正式に発表されました。1950年に建造されて以来、歌舞伎公演の殿堂として東銀座にその威容を誇ってきましたが、老朽化とバリアフリーの不備等、単なる改修では対応しきれないという現実もあるのでしょう。月に数回は急な階段を息を切らしながら上がった4階の幕見席(※1)、「待ってました! 成田屋(※2)!大当たり!」などと得意になって「大向う(※3)」をやっていた学生時代。そして、客席の肘掛や階段の手すりの温もり、楽屋の襖の磨り減ったミゾ、埃にまみれた奈落の底(※4)、廻り舞台の巨大な鉄の車輪の存在感、あらゆる隙間が道具置場として有効活用された舞台裏……日本舞踊の制作のお手伝いをさせていただくようになり、お弁当を担いで歌舞伎座の表と裏を走り回っていた時、目に焼きついた光景です。自分にとって、現在の仕事をするキッカケとなった小屋(劇場)なので、残念でなりません。長年に渡り、お客様、演じる側、提供する側それぞれの思いが染み込んだ、まさに「血の通った」小屋と言えるでしょう。

 最近、難しい芸術論は面倒臭くなりました。要するに、足を運んで下さるお客様に「明日への元気」をお持ち帰りいただけるような舞台を創ればよいのだ、と思うようになりました。「伝統を単に再現するだけに止まらず、現代というフィルターを通してイキイキと再生する」そんな熱い想いのもと、一から練り上げた企画ひとつひとつとじっくり丁寧に向かい合って下さった黒部市国際文化センター コラーレ。伝統芸能というジャンルにとって、かけがいのないサポーターたり得て来たのです。

 地元の皆さまへの<文化=元気の源>の発信基地として、今まで以上に濃い血が流れる「小屋」として、コラーレが成長し続けることを祈りつつ、今月は筆を置きたいと思います。

※1)幕見(まくみ) 芝居を一幕だけ見ること。歌舞伎座では一幕見の客専用の座席を設ける。

※2)成田屋(なりたや) 歌舞伎俳優・市川団十郎とその一門の屋号。

※3)大向う(おおむこう) もともと劇場の立ち見の場所、すなわち幕見の観覧席を意味したが、転じて役者の屋号やほめ言葉を舞台へ投げかける目の肥えた芝居好きを指す言葉となった。

※4)奈落の底(ならくのそこ) 大道具などを出し入れするための舞台底にある穴。転落事故等が絶えない危険地域。

(2005年12月 COLARE TIMES 掲載)
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