ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の参拾六】初夏三題

2005年7月

 梅雨本番。カーテンを開けると曇り空か雨降り……。各種邦楽器奏者をはじめとして私たち制作に携わる者は、この時期浮かない顔が続きます。憂鬱な日々なのです。適度な乾燥を良しとする三味線・箏・琵琶等の絃楽器奏者は、糸は湿気るし、とくに三味線は皮が破ける心配をしなければなりません。ご存じの方も多いとは思いますが、津軽三味線は犬皮、それ以外の三味線は一部稽古用三味線を除いて猫の皮を用います。鞣(なめ)して鞣して“カンカン”に乾燥させて張るのです。湿気を最も嫌い、破ける時の音はかなり刺激的です! 対して尺八や笛等の管楽器は乾燥が敵。「楽器は生き物だよ!」演奏者の皆さんはいつも言います。

 さて、歌舞伎舞踊の地方(じかた)(伴奏音楽)として欠かすことのできない常磐津節に『かつお売り』という曲があります。「目に青葉、山ほととぎす、てっぺんかけて かつお、かつお、かつお、かつおと売る声も、勇み肌なる中ツ腹、五十五貫もなんのその河岸の相場はきなかでも、まけぬ江戸ッ子水道の水に~」軽快で楽しく聴くことができる曲です。今「鰹」が旬です。黒潮に乗って北上する“鰹前線”は、今年はちょっと遅れ気味でちょうど銚子の沖合あたりでしょうか。富山の魚も絶品ですが、新鮮な内に造られたタタキやあぶらのノッた刺身を生姜や大蒜(にんにく)のスライスと共に食する旨味は堪(こた)えられません。お酒がすすみます!「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」これは元禄時代の俳人・山口素堂(そどう)が、私の地元鎌倉で詠んだ句です。実は、鎌倉は昔からよい鰹が上がることで有名で、鎌倉で穫れた鰹は江戸では高級魚として珍重されていたそうです。そして素堂と親交の厚かったあの松尾芭蕉も「鎌倉を 生きて出でけん 初鰹」という句を詠んでいます。

 この時期、降る雨を眺めながら浮かぶ曲があります。『春の海』の作曲で有名な宮城道雄が14歳の時に発表した処女作『水の変態』という曲です。“やさしく”姿を変える「水」の有様を表現した名曲として現在でもよく演奏されています。

霧 小山田の霧の中道踏み分けて 人来と見しは案山子(かかし)なりけり
雲 あけわたる高嶺の雲にたなびかれ 光消えゆく弓張(ゆみはり)の月
雨 今日の雨に萩も尾花もうなだれて 憂(うれ)ひ顔なる秋の夕暮
雪 ふくる夜の軒の雫の絶えゆくは 雨もや雪に降り変るらん
霰 むら雲のたえ間に星は見えながら 夜行く袖に散る霰(あられ)かな
露 白玉の秋の木の葉に宿れりと 見ゆるは露の計るなりけり
霜 朝日さすかたへは消えて軒高き 家かげに残る霜の寒けさ

 異常気象が背景でしょうか。昨年は各地で集中豪雨や洪水など、人間が同化できず、受け止めきれず、戦わなければならない“きびしい”水の有様を見ました。私たちは今、やさしさを無くしてしまった水に何かを問いかけ、その答えと真摯(しんし)に向かい合わなければならないのかも知れません。はやく梅雨が明けて、素敵な夏を過ごし、秋には新鮮な戻り鰹に舌鼓を打つ……そんな季節感に溢れた2005年後半を、日本海側も太平洋側も迎えられることを祈りつつ!

都内某所でストリートライヴを行う様子
ストリートライヴに聞き入る観客の皆さん

写真)異端侍(いたんじ)
梅雨空の合間に、都内某所でストリートライヴを敢行! 津軽三味線・西はじめ、和太鼓 Ajo が結成したユニット。うっとうしい梅雨を吹き飛ばすような演奏に大勢の人だかりが!

(2005年07月 COLARE TIMES 掲載)

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