ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の七拾伍】中村屋!

2013年1月

多くの人々が行き交う師走の銀座、歌舞伎座が来年4月開場目指して、工事も佳境に入っているようです。芝居小屋は、何と言っても役者さん、そして長唄、義太夫、常磐津、清元、囃子などの歌舞伎の音楽を担当する地方(じかた)さん、大・小の道具方さん、衣裳さん、床山(とこやま)さん、照明や音響のスタッフさんたち裏方に対して、制作スタッフ、ロビーをはじめするお客様対応の表方さん等々、実に多くの人々に支えられています。こうした皆さんが、新たな歌舞伎の殿堂としてこの芝居小屋に“独自の味付”をして行くことになるのでしょう。

以前の歌舞伎座は、4階席が、一幕ずつ芝居を観ることができる「幕見席」でした。料金も安く、確かに“天井桟敷(さじき)”と言われ舞台から遠いとは言うものの、観たい演目を何度も見る場合は幕見席に限ります。若い学生でも息が切れるほど急な階段でしたが、一刻も早く芝居が観たい一心で一気に駈け上ったものです。

昼の部、夜の部をそれぞれ「通し」で観劇できる3階席からこの幕見席にかけて、歌舞伎には欠くことのできない人たちがいました。役者の出端(では)(登場)や見得、また引っ込み(退場)などの重要な箇所で、「成田屋!(なりたや)(市川団十郎、市川海老蔵他)」「高麗屋!(こうらいや)(松本幸四郎、市川染五郎他)」「成駒屋!(なりこまや)(中村福助、中村橋之助他)」「大和屋!(やまとや)(坂東玉三郎、坂東三津五郎他)」「播磨屋!(はりまや)(中村吉右衛門他)」「澤瀉屋!(おもだかや)(市川猿之助他)」「松嶋屋(まつしまや)(片岡仁左衛門他)!」と役者の屋号を大声で叫ぶ「大向(おおむこ)う」の皆さんです。

芝居の進行中、セリフの途中で声をかけることも頻繁にあります。「こいつぁ春から」→「音羽屋!(おとわや)(尾上菊五郎他)」→「縁起がいいわえぇ」という具合です。絶妙の「間」でかけるのですが、これが決まると実に芝居がシマルのです。その他、役者の登場と同時に「待ってました!」、名セリフが始まる直前に「たっぷり!」などと声をかけ客席の期待感を煽(あお)ったり、見得を切ってカタチが決まった時に「日本一!」と声をかけ緊張感を和ませたり、舞台と客席との関係性を確実に深化させる素晴らしい「習慣」なのです。歌舞伎座に通い始めた20歳の頃、何故か静かに芝居を観ていられず、見よう見まねで“初声”を上げてから、私にとって歌舞伎座は、誰憚(はばか)らず大声を張り上げられるストレス解消の場としても機能していました。まるで芝居に参加しているような錯覚さえ覚える夢の空間でした。

「舞台と客席の一体感」とよく言われますが、客席からプロセニアムという額縁を見つめ眺めているだけではその理想には近づけません。本来は、観衆や聴衆の側から舞台から発信されるメッセージに自由に反応でき、演じる側はその反応を受けて更にメッセージのボルテージを上げる……そんな劇場・舞台空間こそ、明日の活力を提供し得る現代社会に必要不可欠な「場」なのではないかと考えています。「大向う」の存在こそ、「芝居」と言われる歌舞伎の本質である「演じる側と観衆の境界意識の希薄さ」を象徴しているのです。

2012年上半期は、5月、江戸・東京の芸能で開業を彩ったスカイツリー・オープニングイベントの制作に総てを捧げ、下半期は、10月~11月、東京都主催の伝統芸能フェスティバル<東京発 伝統WA感動>より『三弦 海を越えて』『はじめての邦楽』の制作や、全国各地の学校へのアウトリーチ公演のコーディネート等、自治体の文化事業と向き合う1年でした。

実現にはまだ程遠いという認識のもと、2013年も「伝統と現代との接点づくり」というコンセプトで総力をあげて邁進して行こうという想いにブレはありません。新しい歌舞伎座の客席が、「大向う」の人たちの味付けによる「庶民の味」に染まってゆくことを切望すると同時に、「歌舞伎と時代の接点」を模索し創り続けて逝ってしまったあの役者に向かって「中村屋!」と叫ぶことができない空しさを、自らの活力に変えて行くことこそ供養と考える2012年の年の瀬です。

建設中の新しい歌舞伎座

建設中の新しい「歌舞伎座」。平成25年春に竣工予定。

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