ラレコ山への道 蝉丸 徒然日記

Vol.14 オペラ「三人姉妹」再演

2002年2月

三人姉妹と言えばチエホフの戯曲ですが、ピーターエートボッシュと言うハンガリーの指揮者が現代風の曲を付けて、3年半前にフランスのリヨンオペラ座で新作オペラとして初演しました。出演者全員が男性で舞台前と奥にオーケストラが居るという斬新なものでした。その時のスタッフは指揮者・ピーターエートボッシュ、ケントナガノ、演出・天児牛大、舞台美術・中西夏之、ヘアーメイク・山口小夜子、照明・岩村原太というメンバーで私の役目はすべてのアシストでした。上演権はリヨンオペラ座が持っているのですが、当時のリヨンの支配人ブロスマンがパリシャトレ座の支配人になり、パリでの上演が決まったようです。このシャトレ座は山海塾が2年に一度新作を世界初演するテアトルドゥラビルの正面にあります。パリの中心のシャトレ広場を挟んでコンテンポラリーのパリ市立劇場、アカデミズムのシャトレ座(こちらもパリ市立です)が向かい合って立っています。

10月15日からシャトレ座で稽古に入ったのですが、最初の1週間はスタジオでピアノ付きの稽古です。オーケストラが舞台の前後にあるので指揮者も二人居ます。稽古場の前と奥にピアノを置きテレビモニターを見ながら二人の指揮者が息を合わせます。普通稽古には副指揮者がつきあうのですが、初日からケントナガノが稽古でも指揮をしたので全員緊張気味でした。ケントナガノは日系人で風貌はどこから見ても日本人ですが日本語は片言しか話せません。奥さんは日本人ピアニストで4歳ほどの女の子が居ます。ある日その子を膝の上に乗せて指揮を始めたのには驚きました。出演者は13人ですが4人が新しい歌手です。ロシア語で歌うのでロシア系の歌手が多いのですが、中にはロシア語が全く判らない人もいます。そのためにロシア語のイントネーションをチェックするスタッフが稽古につきあいます。奥のピアノを弾いているのは日本人の佐藤まさひろさんで、リヨンオペラ座で一緒に仕事をしていたのですが、その後フリーランスになって今パリに住んでいるそうです。稽古場では英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語、ハンガリー語、日本語が交わされます。そして全員の共通言語は音楽でそれを記号化したものが譜面です。そしてオペラにおいては歌手も歩く楽器となり指揮者に従います。舞台上で音が出る仕草はすべて譜面上に現れてきます。しかしこの譜面がずいぶん難しく私の手に負えるものではないのです。せりふはロシア語ですので発音することすら出来ません。ト書きはロシア語、ドイツ語、ハンガリー語で併記してありますが私には理解できません。必死で譜面を追うと稽古が見られません。しかし大道具の転換や照明のキュウ、歌手の袖の出入りなどすべて譜面上で指示されます。譜面が読めないと言うのは致命傷です。そこで私は譜面を読める振りをしてすべての情景を頭の中でイメージ出来るようにしました。

2週目の12月22日から舞台装置の設営が始まり、リヨンから舞台装置と共に懐かしいスタッフ達がやってきました。彼らは約1週間で舞台を設営し、パリのスタッフにバトンタッチして帰ります。今回は舞台美術の中西夏之は来ないので、私が変更点をチェックして決定しました。24日に照明の岩村が来て歌手の出入り等をチェックして機材の置き位置を決めていきました。オペラ固有の問題ですが、歌手が指揮者を見ることを邪魔するような照明は置けません。客席からは見えませんが舞台上の至る所にモニターテレビが置いてあり、指揮者の上半身が常に映し出されています。歌手はたとえ舞台上で後ろを向いていたとしても歌うときは必ずモニターテレビの指揮者を意識しています。歌手が照明が眩しくて指揮者が良く見えないと言うとすぐに数人のスタッフが飛んできてモニターテレビと照明の位置関係をチェックします。26日に山口小夜子が来て4日後のピアノジェネラル(オーケストラでなくピアノを使った本番通りの通し稽古)に備えます。彼女は単なるスタッフとは違うのでタレントのように少し気を遣ってあげなければなりません。

3週目に入り、29日のピアノジェネラルが終わると照明のキュウの打ち込み以外、技術的な仕事はあまりありません。歌手達に少し疲れが出てきたようで稽古を休む人も出始めました。イリーナ、ナターシャ役には万が一に備えて代役が居ます。本番用の人が休むとその人達が稽古に加わりますが、なかなか大したものです。シャトレ座には専属のオーケストラが居ないのでラジオフランスのオーケストラが演奏します。オーケストラになるとますます譜面を追うのが難しくなり、舞台監督とその相棒は譜面とモニターテレビを見続けています。それでもメモ書きを見落とすことがあり、舞台装置の転換が近づいていてもスタンバイしていなかったりすると私が飛んでいって指示を出します。この段階になると私はもうスコアーは持たずストップウォッチとメモ書きだけ持って舞台袖にいます。スコアーの何小節目かは判らなくても歌手はスコアー通りに動くので私の頭の中の絵と違うことが起こるとすぐ判ります。

本番3日前にプレジェネラルがあったのですがナターシャ役がのどの調子が良くないと休んだので代役が衣装、メイクを本番通り付けて登場しました。堂々と代役をやり遂げイリーナの代役の人に袖裏で祝福されていました。

本番2日前、ジェネラルリハーサルです。日本ではゲネプロと呼ぶやつです。この段階は袖中には居ますが、もう何があっても指示はしません。すべて終わってからチェックします。私の舞台に関する仕事はここまでです。あとは招待客、印刷物、お金の精算の仕方のチェックという制作方面の仕事です。3週間の準備が終わり1日休んで11月6日、初日です。午後劇場入りして舞台監督とデータの補足をしあって客席の入場券を貰い開演を待ちました。ところが開演時間を10分過ぎても始まりません。これは異常だなと思っていると支配人のブロスマンが舞台上に登場し、マーシャ役の歌手がのどの調子が悪く現在治療していると発表しました。30分前にそんな話は出ていなく、予定通り衣装メイクを付けていたのに。近くの客席にいたイリーナの代役が舞台に戻りました。私の契約は初日舞台が開くまでとなっているのですが、この事態には何の役にも立ちません。客席で待っていると再びブロスマンが登場し、薬が効いて歌う事が出来るようになったので開演すると発表しました。舞台は指導するより出演する方が気が楽です。

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