ユーゴ・ラシャペル #34(最終回)

Ie Ien Ciu Iras(イエ・イエン・チウ・イラス)
(エスペラント語で「全てがどこかから来て、どこかへ往く」の意)
 
 国際交流員としての契約が8月の頭に終わります。今回のこの記事が最後になります。この3年間、付き合っていただいてありがとうございました。ここで、ちょっと振り返ってみたいと思います。

■ 日本に来てから決めようとしたこと
 日本に来る前に、前もって決めていたことがありました。「そのまま日本で生活するかを決めよう」ということです。つまり、移住するかどうかということですね。日本には好きなところがたくさんありましたが、本当に生活ができるかどうかを確認したかったのです。学生として日本で生活したことがありましたが、社会人としてはまだだったし、そんなに簡単に移住を決められませんでした。日本の気に入っているところや気に入らないところを確認したり、知らないことをたくさん発見したり、いろいろ見てから決めたかったのです。この3年間でいろいろ経験できて、ある程度結論が出てきました。さて、最終的にはどうなったのでしょうか。

■ 日本での体験の結果
 カナダの友だちにこう聞かれたことがあります。「日本に移民したければ、どのように進めればいいか?」結構難しい質問ですね。日本にはいいところがたくさんあるし、生活もできるし、カナダと似ているところが多いから、行きたければ行ってもよいと、私は言います。ただし、移民者としての日本での生活は厳しそうなところもあると言っておきます。馬鹿にされていると感じたり、疎外感を感じることがたくさんあったことは事実です。そして現在、移民者が普通に生活できるところはまだ少ないとも言います。最終的に友だちに言われたのは、「行かないほうがずっといい」という意見でした。
 ここで大事な言葉があって、「現在」という言葉です。日本は変わっていく国です。現在、日本に住む外国籍の住民は1.6%です。その他にも両親のどちらかが日系でない日本人(帰化した人など)もいるでしょうが、カナダと比較するとまだ少ないです。カナダでは移民系が40%で、移民は20%です。がしかし、日本は移民がいない国とは言えなくなりました。移民に慣れていない人はまだ多いですが、これからどんどん増えていって、移民への対応も変わっていくだろうと考えられます。ですから、日本に来たばかりの最初の苦労を気にしない人は生活できるでしょう。そして日本には、自分の居場所がある環境もあるし、普通に付き合ってくれる人もいるから、日本に行っても大丈夫です。なので、完璧でなくても、楽しい人生が送れるでしょう。そして、日本に住んで20年ぐらい経ったら、周囲には移民者に慣れた人がほとんどになって、完全に普通に生活ができるでしょう。
 私もそうです。最初はいろいろ苦労がありましたが、最終的には普通に付き合ってくれる人が結構いたし、楽しいこともあったから、国際交流員としての契約が終わった後も、日本で永住することを考えていました。

■ 私の将来
 永住することも考えてはいたのですが……結局、8月半ばに帰国することにしました。まず、ちょっと休みたいと思います。そしてその後のことはまだ詳しく決めていませんが、また大学に入学したいと思っています。勉強したい分野がいくつかあるので、その中のひとつを選択して入学し、一生懸命勉強して、そして、自分がしたい仕事に就職したいと思います。ちなみに、今勉強しようと思っている分野は「土木工学」で、その中で専攻したいのは「交通工学」です。
 さて、私の日本での経験や日本語などは、この後どうなるでしょう。せっかくなので、活かす方法を見つけたいと思っています。先のことはわかりませんが、例えば、選んだ分野をもっと詳しく研究したいと思ったならば、日本でもできると思います。日本に戻ってきて、ある日本の大学に入学して、そして日本で研究者になることも可能です。この後も日本で経験したことを忘れずに、生活したいと思います。

■ 最後に
 日本に来ていろいろありました。この3年間、たまにつらかったですが、楽しいことをいっぱい経験できました。そして、体験したかった日本の生活は、8年前と同じく、気に入りました。日本での生活はまた体験できるかどうかわかりませんが、日本に遊びには来られるのでまた来ますよ。そして、私はしばらくカナダのモントリオールにいるつもりなので、モントリオールに来たい人がいれば、ぜひ遊びにきてください。ご案内します。
 みなさん、いろいろお世話になりました。たくさん勉強になりました。このすべては一生忘れません。
 今回の記事のタイトルは、私のモットーです。11歳の時に決めた言葉です。エスペラント語で「全てがどこかから来て、どこかへ往く」という意味です。いろんな意味がありますが、ここでふさわしいのは、「人生の旅は終わらない」ということだと思います。新しい旅に出て、新しい場所に着いて、新しい経験をします。楽しみです。

 黒部宇奈月温泉駅。3年前黒部に来たとき、すでに話題になっていて、仕事としても結構係わりました。そして、私がここにいた証を、駅前広場に残しておきました。
 立山連峰。初めて見た景色で、田んぼと山脈のコントラストが一番感動しました。カナダには畑も山もありますが、このようにぶつかる景色はありません。
 富山市のドン・キホーテ。掛尾町の中心にあり、9年前に住んだ八王子のような町並みで、行くたびに気持ちがすっきりしました。駅からちょっと遠かったですけど。
 根上の文化センター。石川県能美市にあって、日本で初めてTRPG(テーブルトークロールプレイングゲーム)をしたところです。みんなの歓迎が素晴らしくて、感動して、帰りは嬉しすぎて泣き出しました。
 金沢市香林坊。毎月1回くらい通ったところで、見慣れた町並みです。メインは、TRPGの会でしたが、その他にも遊ぶところがいくつかあって、毎回楽しく出掛けました。
 コラーレでの最後の異文化体験教室。この3年間、いろいろ活動しました。皆さん付き合ってくださってありがとうございました。またきますから、その時にはよろしくお願いいたします。Ce n'est qu'un au revoir...(さようならではなく、また今度ね!)

(2015年08月 COLARE TIMES 掲載)

 


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