ユーゴ・ラシャペル #19

カナダと越南(ベトナム)
 
 カナダには、ベトナム系人が多くいます。フランス語圏なるケベック州には特に……。フォー(ベトナムの麺料理のひとつ)のレストランは、私の地元モントリオールのあらゆるところで見られます。通っていた高校の中では、ベトナム語を聞くことができました。ベトナム系人が経営する薬局も結構多いです。ケベック州にある1,000個以上ある名字の中で、130番目に多いのはベトナム語系の「Nguyen(ヌイエン)」です。フランス語系以外では、もっとも多いです。
 カナダはケベック州とのゆかりが深いように見えますが、実は去年コラーレのフェスティバルで紹介した韓国よりは浅いです。カナダとベトナムの貿易はほとんどありません。現代の文化の交流はほとんどありません。ベトナム系人は多いですが、ベトナムの国とはつながりが薄いです。なぜでしょう?

■ ベトナム系カナダ人の歴史
 ベトナムは長らく中国の支配下にあり、中国の文化の影響を受けてきました。10世紀に初めて中国から独立し、独自の文化を創り出しました。その後、今度はフランス共和国に攻撃され、フランスの植民地となりました。そして第2次世界大戦後は、インドシナ戦争とベトナム戦争が起こります。南ベトナムが北ベトナムに攻撃され、ひとつの国になりました。この最後の戦いのとき、南ベトナムに住んでいた人たちの一部は、世界中の国に避難しました(ボートピープル)。その中にはカナダに避難した人たちもいます。
 そう、この1970年代からが、ベトナム系カナダ人の歴史の始まりです。過去にフランスの植民地になったため、すでにフランス語ができる人が多く、フランス語圏であるケベック州へ避難してきた人が多いのです。世界中に移民していったベトナム系人は、英語圏でもフランス語圏でも、ベトナムから持ってきた自分たちの文化を活かそうとしました。例えば、フォーのレストランをつくったことで、ベトナム料理はケベック州の料理の一部になりました。ベトナム語も活かそうとしましたが、ケベック州の言葉と混合してしまい、ベトナムに住んでいるベトナム人にはわからない、ケベック州なまりのベトナム語になってしまいました。この方言の大きな特徴は、声調です。元々のベトナム語には中国語と同じように声調がありますが、ケベック州なまりのベトナム語にはありません。この方言は、ベトナム系人同士ならもちろん理解できますが、本国のベトナムの人と話しても理解してもらえないそうです。つまり、私が高校生のときに聞いていたベトナム語は、変化したベトナム語だったのです。その上、みんなフランス語を習得し、一部英語も習得したようで、3ヶ国語がしゃべれるベトナム系人が多くなりました。

■ 現在のベトナム系カナダ人
 現在、カナダでは、どこに行ってもベトナム系人が見られます。私が住んでいたケベック州では、有名な政治家や科学者などになりました。カナダ統計局によると、カナダにはベトナム系人が約18万人いるそうです。私の親友の中にも一人いて、少し日本語を勉強した人です。ベトナム系人は元々避難してきた民族ですが、カナダに溶け込み、地位を築き、今ではカナダの大事な一部になっています。

黒部市の姉妹都市、アメリカのメーコン市から、学生たちがやってきました。最後、一緒に記念写真。彼らは2月16日に黒部に着いて、20日からは一緒に東京を少し見学しました。楽しかったですが、風邪のため体調を完全に崩してしまい、東京から帰ったら3日間も休んでしまいました。

(2014年03月 COLARE TIMES 掲載)



「COLARE TIMES 編集室」へ ― 「ラレコ山への道」トップページへ ― ホームへ