Vol.53

「山海塾」夏ツアー2016 クオピオ、ウィーン


 夏ツアー最初の地イタリアのラベンナから、6月15日朝7時から移動を始めて、ボローニャからパリ、ヘルシンキと飛行機を乗り継ぎ、夜11時すぎフィンランドのクオピオに到着しました。「クオピオ・ダンスフェスティバル」は50年近い歴史を持ち、山海塾は1991年以来4回目の参加です。前回は1997年「HIYOMEKI」ですから、19年ぶりとなります。その時は日本から渡欧して最初の公演地で仕込時間も少なく、時差とも相まって、まだ若かった照明の岩村がキューの打ち込み中に朦朧状態になり初日公演をキャンセルしたのでした。

 毎回会場となる「City Theatre」はリニューアルされ、舞台や搬入口は全く新しくなっていました。450席の観客席も新しくなり、リニューアルというよりは建て替えたように思います。今回の演目は「UTSUSHI」ですので、私が舞台監督と大道具を担当し、照明は若い鈴木です。

 6月16日、劇場は別のグループが公演中なので、仕込開始は夜からです。化粧部屋1部屋が使用可能なので衣裳と舞台装置を持って、打ち合わせも兼ねて朝11時から午後3時まで劇場で準備をしました。その足で「Traditional Food Tasting of region」という会に参加するためミュージックセンターに行き、パイや果実酒を頂きました。
 夜10時からシティーホールでレセプションが行われ、市長やフェスティバル・ディレクターと話す機会があり、見覚えのある女性ディレクターと19年前の話で盛り上がりました。そこから劇場に移動して夜11時半、仕込開始。深夜3時に現地スタッフに後を託し、とりあえずホテルに戻り、翌朝9時再び仕込みを開始。しかし深夜からの仕事はまだ続行されていたので、すぐ照明のフォーカスに入りました。現地スタッフはいつ寝ているのだろう、かなり疲労が溜まっているようです。この時期は白夜なのでホテルの部屋も暗くならず、時間感覚がおかしくなります。6月17日・18日、「UTSUSHI」公演、観客数846人。

 翌19日、クオピオの空港は航空ショーを行っていて一般の旅客機が着陸出来ません。珍しいヘリコプターや小型飛行機がデモンストレーションで楽しませてくれましたが、2時間ほど待たされた後、どこの航空会社かわからない機体に乗せられました。ヘルシンキでの乗り継ぎフライトにも間に合わず、有無を言わさずヘルシンキのホテルで1泊となりました。


 この後、パリ、フローレンス、ブラジルと公演ツアーを続け、7月26日ウィーンに入りました。
 前回のウィーンは2002年「UNETSU」「KAGEMI」公演でしたので、14年ぶりです。「インパルスタンツ」という名前のウィーン国際ダンスフェスティバルには1997年から参加しているのですが、劇場の様子が少しずつ変わっています。前回のUNETSU」公演会場はかつての厩舎だったのですが、今ではミュージアム・クオーターというカルチャーエリアを形作っています。「KAGEMI」公演会場のフォルクスシアターは馬蹄形オペラ劇場の1階席が傾斜を持った仮設客席だったのが、常設の傾斜客席になっていました。
 今回の「MEGURI」公演はフォルクスシアターで行いました。消防法にも変更があり、前回は防火シャッターの真下に赤いビニールテープを観客から見えるように、舞台美術にはお構いなしに1本のラインとして貼られたのですが、今回それは無く、代わりに舞台全体を覆う地絣に防炎処理が施されているか消防署員が来てライターで火を着けるテストがありました。本当に燃えると大変なので別の布地の端切れを用意し、結果OKとなり、地絣表面にお墨付きのスタンプを押してもらいました。
 公演日の途中に休日があったので、美術館に行ったり他のパフォーマンスを見たりしました。庁舎前の公園がフードコートとなって、巨大スクリーンにコンサートの映像が上映され、大勢の人達が深夜まで騒いでいました。
 7月27日・28日仕込み、29日・31日「MEGURI」公演。849の客席は両日ともほぼ満席。

 帰国便のエールフランスがストライキを行っていたので、パリまではオーストリア航空がオペレートするコードシェア便に変更し、パリから日本への長距離便は運に任せることにしました。私たちは運良く予定通り帰国出来ましたが、同行していたエージェントがマルセイユの自宅にたどり着いたのは私たちの成田到着より数時間遅い時間でした。

 今回の山海塾公演ツアーは6月12日に出発し、イタリア、フィンランド、フランス、イタリア、ブラジル、オーストリアと回り、8月2日に帰国しました。たぶんテロの影響だと思いますが、ビザの取得や手荷物検査など以前に比べて厳しくなり、路上で生活する難民と思われる子供連れの人々も大勢見かけました。それに伴い警備に当たる警察官の姿が以前より目に付くようになり、ヨーロッパが変わりつつあることを感じる旅でした。


 7月19日、リオからサンパウロに移動し、エージェントとその家族と一緒にみんなでシュラスコを食べに行きました。いろんな種類の肉が60cmほどの串に刺した状態で焼かれ、何人もの店員がそれぞれの串と包丁を持って回り、断らないとどんどん肉を皿に置いていきます。
 翌20日は私と松岡、百木でワークショップ。コーディネーターとホテルで落ち合ったのですが、彼女は日系人の女性で松岡とフェイスブック友達だそうです。でも日本語は話せないようで英語で話しました。


 サンパウロには1988年から何度も来ているのですが、2000年からは郊外にある「テアトロ・アルファ」で公演し、同じ敷地内に有るホテル「トランスアメリカ」に滞在するようになりました。リオもここも町の中心から離れている劇場なので観客の足の便が良く有りません。何より、私たちも市内見学をすることも無く、ホテルと劇場の往復で過ぎていきます。
 2日間の仕込の後、7月23日・24日「MEGURI」公演。今回の観客動員は95%に昇り、2日間で2087人に達しました。ブラジルでは確実に舞踏公演の観客が増えつつあります。
 7月25日サンパウロから再びヨーロッパに向かい、最終公演地ウイーンに移動しました。


写真上)
クオピオは、フィンランドの中央当たりに位置する。毎年夏に開催される「クオピオ・ダンスフェスティバル」は、北欧で最も古く、フィンランドを代表するフェスティバル。バレエ、コンテンポラリー・ダンス、音楽まで、世界中から幅広いジャンルの作品が集まり、上演される。写真はクオピオの湖。

写真下)
ウィーンで毎年夏、ウィーン国際ダンスフェスティバル「インパルスタンツ」が開催される。コンテンポラリーダンスの巨匠から新進振付家まで多くの作品が見られるだけでなく、多数のワークショップもある、ヨーロッパ最大の国際ダンスフェスティバル。写真は、フェスティバル会場のひとつ、山海塾が公演した「フォルクスシアター」。

(2017年03月 COLARE TIMES 掲載)


 


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