Vol.52

「山海塾」夏ツアー2016 ブラジル


 イタリアのフローレンスの「UTSUSHI」公演の後、車で1時間ほど離れたポンテデーラという町で2日間のワークショップを行い、その後ブラジルに出発しました。パリ経由でリオデジャネイロに翌日早朝到着し、ホテルで翌日からの作業打ち合わせをした後、近くのスーパーマーケットに買い出しに行きました。オリンピック直前で町の治安が悪化しているということなので、集団で行動します。前回は2013年にサッカーワールドカップ直前に来ました。スポーツの国際大会では文化的な交流も盛んになるようです。


 会場の「Cidade Das Artes」は新しい巨大な文化複合施設です。広大な敷地の中に建っているので施設の外に歩いて行くことは難しく、前回は弁当を用意してもらったのですが、今回は施設内にレストランが出来ていて毎回そこで食事を取りました。そこで別の日本人グループが食事を取りながら打ち合わせをしています。会場の地上部分に「TOKYO 2020 JAPAN HOUSE」というブースが建設中で、電通の人たちが働いているそうです。町の至る所で工事が行われ、ホテルと劇場を移動する車も複雑なルートを取ります。
 今回の演目は「MEGURI」です。舞台装置は5月のシンガポール公演後、船で送られてきました。施設にフォークリフトが無いので大勢でコンテナーから荷物を降ろすのですが、あまりにも重い荷物は梱包を解いて降ろします。
 2日間の仕込の後、7月16日・17日公演。観客席1222に対して前回の「UMUSUNA」は半数ぐらいの入場者数だったのですが、今回は2日間ともほぼ満席になりました。みんなどうやってこの施設まで来るのだろうか不思議に思っていたのですが、窓から巨大なバスターミナルが見え、そこに無数の人たちが居ました。
 初日公演終了後、控室のメンバーの私物が荒らされているのが見つかり、現金が抜き取られたりしました。防犯カメラに不審者が映っていたので、翌日から警備が厳しくなりました。
 翌18日は久しぶりの休日だったので、カシャッサ(醸造酒)とライムを買ってきてホテルの部屋でカイピリーニャ(カクテル)を作り、昼から飲み始め、夜には記憶が無くなっていました。


 7月19日、リオからサンパウロに移動し、エージェントとその家族と一緒にみんなでシュラスコを食べに行きました。いろんな種類の肉が60cmほどの串に刺した状態で焼かれ、何人もの店員がそれぞれの串と包丁を持って回り、断らないとどんどん肉を皿に置いていきます。
 翌20日は私と松岡、百木でワークショップ。コーディネーターとホテルで落ち合ったのですが、彼女は日系人の女性で松岡とフェイスブック友達だそうです。でも日本語は話せないようで英語で話しました。


 サンパウロには1988年から何度も来ているのですが、2000年からは郊外にある「テアトロ・アルファ」で公演し、同じ敷地内に有るホテル「トランスアメリカ」に滞在するようになりました。リオもここも町の中心から離れている劇場なので観客の足の便が良く有りません。何より、私たちも市内見学をすることも無く、ホテルと劇場の往復で過ぎていきます。
 2日間の仕込の後、7月23日・24日「MEGURI」公演。今回の観客動員は95%に昇り、2日間で2087人に達しました。ブラジルでは確実に舞踏公演の観客が増えつつあります。
 7月25日サンパウロから再びヨーロッパに向かい、最終公演地ウイーンに移動しました。


写真上)
リオデジャネイロはブラジル最大の観光都市で、ブラジルの南東部に位置する。オリンピックに向けて、建設現場の足場のような仮設の歩道橋があちこちに見かけられた。

写真下)
リオにある巨大な文化複合施設「Cidade Das Artes」で、7月16日・17日の2日間、「MEGURI」を上演。写真は、劇場のエントランス。

(2017年02月 COLARE TIMES 掲載)




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