Vol.48

2015年秋 北米「UMUSUNA」ツアー


 9月28日、山海塾の北米ツアーに出発しました。5年ぶりとなる北米ツアーは、ダンサー8人、日本人スタッフ4人、ツアーマネージャーのパッド、スーパーバイザーのダグの総勢14人で移動し、舞台装置は48フィート・トレーラーで運びます。今回は照明フォーカス時間短縮とユニオン対策のために、ソースフォーLED8灯と調光卓をレンタルして持ち歩くことにしました。

 LED仕様の照明機材はカラーフィルターを使用しなくてもいろいろな色が出せるので、同じエリアに場面ごとに違う色の明かりを当てる場合1台で済みます。またユニオン(労働組合)が管理する劇場では現地スタッフしか機材に触ることが出来ません。キューの打ち込みや本番のオペレーションは日本人スタッフが現場スタッフに指示を出して行うことになります。調光卓を持ち込むことでその煩わしさを解消しデータも使い回すことが出来ます。

 最初の公演地シアトルの劇場はワシントン大学のミーニーホールです。ここ数回は港に近いパラマウント劇場でしたが久しぶりにミーニーホールでの公演です。美術バトンの直径が60mmと太く、持ち込みの舞台装置のハンガーが使えません。チェーンや照明用ハンガーを駆使して何とか飾り込みました。10月1〜3日公演、4日蝉丸ワークショップ、5日はデイオフだったのでチフリーという人のガラスミュージアムに行きました。まだ行ってないのですが、富山市ガラス美術館のグラス・アート・ガーデンにこの人の作品があるようです。
 2カ所目の公演地サンフランシスコは、ヤーバブエナセンターの客席数757。小さめな劇場ですが、客席から舞台が見やすい構造で舞台機構も新しく、公演はとてもうまく行きました。10月9〜11日公演、10日蝉丸ワークショップ。劇場の近くにチャイナタウンがあり、おいしい中華料理が食べられます。最終日マチネ公演後、バスでデイビスに移動しました。

 この町は以前、公演で埋まらない期間、蝉丸ワークショップを4日ほど行うことで全員滞在した場所です。カリフォルニア大学デイビス校のモンダビセンタージャクソンホールというかなり大きな劇場です。床に釘を打ってはいけないのでガムテープで地がすりを止めました。普段は楽屋で自炊して皆で食事をするのですが、ここでは屋内での料理は禁止されたので、搬入口で調理してグリーンルームで食べました。10月13日公演、14日ロサンゼルスへ移動。

 カリフォルニア大学ロサンゼルス校のロイスホールは客席数1834と大きいのですが舞台は小さく、照明条件が悪くなるのですが、オーケストラピットの上も使って舞台を仕込みました。10月16・17日公演、17日蝉丸ワークショップ。3人の中国人女性がワークショップに参加していたのですが、毎年富山で合宿形態のワークショップを行っていることを知ると、彼女たちは今年北京から利賀村のフェスティバルに参加していたと驚いていました。


 ここまで北米西海岸を南下してきたのですが、次の公演地は東側のミシガン大学アナーバー校です。舞台装置を運ぶトレーラーがロッキー山脈を越えて来るのに3日間必要です。ここで音響スタッフの相川が帰国し宮崎と交代しました。公演に先立って10月21日蝉丸ワークショップを行いましたが、普段から車椅子生活をしている人が参加しました。肉体表現の研究者とのこと。劇場はパワーセンターという名前ですが、近くで大きな煙突が2基煙を出しています。発電と暖房をまかなっていると聞いた記憶があります。舞台前面がSの字形に張り出しているのですが、吊り物バトンの有効奥行きが少なく、仕込みにくい小屋です。劇場スタッフは先生と学生なので仕込み作業中に講習が始まったりします。10月23・24日公演。

 翌25日早朝、代わったばかりの宮崎から足が痛いので病院に行きたいと連絡が有りました。前夜の撤去作業中にトレーラーから落ちて足をくじいたのがとても痛み出したとのこと。とりあえずニューヨークに移動してから病院に行くことにしました。加入している保険会社と提携しているマンハッタンに有る病院の救急外来に行ったのですが、幸い骨折はしていなかったのでテーピングをして松葉杖を貰ってホテルに帰り、薬局で湿布薬を買いました。かなり複雑な捻挫だったようで、この後帰国するまで松葉杖、タクシー、空港では車椅子を使って移動しました。

 ニューヨーク公演はブルックリンアカデミーオブミュージックのオペラハウスで行いました。2014席、3階奥まで4日間チケットは完売しています。マークモーリススタジオで行う蝉丸ワークショップは35人の定員に対して2倍以上の人がキャンセル待ち状態だそうです。劇場技術者のチーフたちは顔馴染みの人たちです。町の治安も良くなり、夜遅く出歩いても危険を感じることが無くなりました。10月28〜31日公演、30日蝉丸ワークショップ。

 11月1日、カナダのオタワに移動、翌2日仕込み。夕方オタワの主催者と共に天児、竹内と3人で日本大使館に招かれ食事を頂きました。大使の門司健次郎さんは文化外交に力を入れておられ、博識でとても面白い方でした。劇場はナショナルアートセンターで9年ぶりの公演です。11月3日、2323席ほぼ満員の公演でした。

 11月4日、国境を越えて再びアメリカ合衆国に入り、5日から初めて訪れるノースキャロライナ大学チャペルヒル校で仕込みです。ところが朝ホテルを出ようとするとスーパーバイザーのダグが居ません。昨晩まで元気そうだったのですが、今朝救急車で緊急入院し、たぶん心臓のバイパス手術を受けるだろう、彼は普段この近くに住んでいて、病院には奥さんが付き添っているので大丈夫とのこと。残りの公演は2カ所ですので、技術打ち合わせは済んでいますから現場で事故が起こらない限り問題ありません。こぢんまりとしたメモリアルホールという劇場で2階席があるので1434席あるのですが観客は500人ほど、11月6日公演。

 11月7日、バスで4時間ほどのブラックスバーグに移動しました。ここも初めての土地です。バージニア工科大学のモスアートセンターという新しい劇場で実はダグはこの劇場に勤めています。11月9日公演、撤去後舞台装置を20フィート・コンテナーに積み込み封印。

 12月下旬に富山の倉庫に着くでしょう。9都市、18ステージの「UMUSUNA」公演が終了しました。


(2016年01月 COLARE TIMES 掲載)




「COLARE TIMES 編集室」へ ― 「ラレコ山への道」トップページへ ― ホームへ