Vol.47

2006年 国内の合間にいろんな海外


 久しぶりの国内ツアーの合間を縫って、4月9日、コロンビアのボゴタに出発しました。
 もう何度も来ている Teatro Colsubsidio という劇場で、「ひびき」を12日から16日にかけて6回上演しました。土曜日は無理矢理2回公演させられましたが、1,000人ほどの客席が毎回満席でした。金曜日の公演では不幸な事に、太った女性が開演に遅れまいと階段を走って登り、心臓発作を起こして死亡するという事故が起きてしまいました。
 出発前日は東京小平でワークショップ、帰国翌日は長野松本へ「かげみ」の舞台装置を荷出し、翌早朝ハイエースで松本入りというハードスケジュールだったのですが、忙しいと時差ぼけに悩まされないという事が判りました。
 7月はヨーロッパのリゾート地にバカンスツアーをしました。バカンスに来た観光客相手に公演するので、私たちがバカンスを楽しむわけではありません。秋のメキシコ公演の準備も兼ねてパリへ太洋と長谷川に先乗りして貰いました。
 最初の地はオーストリアのインスブルック。風光明媚な避暑地で冬季オリンピックのジャンプ台があり、チロル地方の民族衣装販売店が沢山あります。公演会場は Dogana Congress という複合文化施設で、舞台や客席は鉄パイプやトラスで組んであります。控え室や化粧部屋などは迷路を通っていく感じです。7月10・11日「うねつ」公演。
 7月12日、一旦パリに戻り、翌日飛行機でアヴィニヨンへ行き、大型バスで南仏の Vaison La Romaine という観光地に着きました。ローマ時代の遺跡が広く残されていて、その中に野外劇場が作られています。その名も Theatre Antique de Vaison。到着日に同じ舞台でバレエ公演があるというので視察をかねて招待して貰いましたが、雨で中止になってしまいました。現在もっとも出演料が高い女性ダンサー Sylvie Guillem が出演する「Russell Maliphant」という公演だという事だったのですが、2日連続雨で公演自体が流れてしまいました。出演料はどうなっちゃうんだろう? 後日彼女とはパリで会いましたが、飛び切りへんてこな格好で派手でした。
 翌日から仕込み開始ですが、とても暑いので昼12時から4時までは昼寝の時間です。その代わり照明のフォーカスや場当たりは夜9時を過ぎないと明るくて始められません。仕事上がりは夜中の1時になります。野外の仕込みは屋内よりも1日多く必要です。途中何度か雨に降られ仕事を中断したりやり直しが入りましたが、公演日7月16日は良く晴れて客席もいっぱい。演目は「うねつ」、遺跡の中で踊るのはなかなか気持ちが良いものです。
 17日、またパリに戻って翌日マドリッド経由でカナリア諸島のラスパルマスに向かいました。アフリカ大陸モロッコの西方に位置するのですが、スペイン領です。ここでの演目は「ひびき」、舞台装置は4月にコロンビアのボゴタで使ったものがフランス経由で到着しているはずです。実はコロンビアを発つ時に日本で必要なものを抜き取って手持ちで移動したのですが、フランス税関から指摘を受けて私たちのエージェントがパニックに陥ったり、梱包用木箱が大破したりと問題を抱えての輸送でした。仕込み初日、まず物品を確認したところ公演に必要なものはすべて揃っており、取れて無くなった木箱の車輪は私が持参した車輪を付ければ元通りになる事がわかり一安心しました。舞台は Santa Catalina 公園の特設テントで舞台上は屋根があるのですが、客席は屋外です。照明器具や舞台美術の吊り物は現地スタッフが鳶職の様にトラスの上に登って取り付けたりフォーカスします。屋根があるとはいえ、やはり夜暗くならなければフォーカスできません。それよりもここではある時間になるととても風が強くなって、袖幕や大黒が風に煽られその裾でサイドスポットや砂を巻き込んでしまいます。天井を構成しているトラスも揺れて照明が揺れます。7月21・22日「ひびき」公演、出番前に足で袖幕を踏んで動かなくしたり、スタッフが動いてしまった大黒幕やサイドスポットを直しながらの公演となりました。
 翌日パリで一泊し帰国の途についたのですが、市原と長谷川はそのままパリに居残って2〜3週間のバカンスを楽しみました。



(2009年08月 COLARE TIMES 掲載)




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