Vol.45

2006年2月 日本新作「とき」発表


 2月12日に帰国して次の公演の準備に入りました。3月11日から北九州芸術劇場で新作「とき」を上演するのですが、それよりも24日から世田谷パブリックシアターで上演する「うつり」が心配です。何しろ2年半ぶりの上演となります。
 京都から岩下を呼んで全員で稽古をするのですが、その合間を縫って、富山で新作の舞台装置を製作します。パリの舞台装置は今後のためにパリに残してあるので、日本では改良版を新たに製作します。私の母は癌治療のため半年前から入院しているので富山の家は無人となっていて、飼い猫の「たま」だけが住んでいます。食事や風呂は外で済ませ、家では作業と寝るだけです。
 27日には娘の舞が、膝の靱帯移植手術のために前橋の病院に入院しました。
 北九州を皮切りに5月下旬まで、「とき」「うつり」「金柑少年」ボゴタ公演、日本地方都市で「かげみ」「ひびき」と続き、わずかな隙間はダンスワークショップが埋めています。3週間で各作品の準備と富山からの荷出し体制を整えておかなければなりません。あまりの忙しさに、時差ぼけに悩まされることもなく、とにかく算段と準備で毎日が過ぎて行き、熟睡の日々を送りました。
 すべての準備を済ませ、ようやく3月6日から北九州芸術劇場で稽古に入りましたが、翌日富山で舞台装置を積み込んでいる現場から、トラックに積みきれないと連絡が入りました。稽古を中断して携帯電話で、梱包を解いてバラ積みするようにそれぞれの物品を確認しながら指示を出しました。
 北九州芸術劇場にて、3月11・12日、新作「とき」上演。

 世田谷パブリックシアターにて、3月16〜19・21日は新作「とき」、24〜26日は「うつり」、30〜4月2日は「金柑少年」上演。公演中は毎日高崎から片道2時間半かけけて通い、作品の入れ替えには富山の倉庫まで行きました。
「金柑少年」で使う孔雀は滋賀県の動物園から借りたのですが、なんと航空貨物と宅配便を使って羽田空港まで送られてきました。リハーサル日に受け取り、劇場のある建物の中には置いておけないので、毎日ハイエースの荷台に入れて屋外のコイン駐車場に停めておきました。返還は飛行機便の都合で、公演終了日の翌日となりました。
 母が退院したので、舞台装置を富山の倉庫に仕舞う時には一緒に食事ができました。ところが元気だった「たま」が母の顔を見て安心したのか急激に弱ってきて、とうとう4日深夜に息を引き取りました。享年18才、老衰で穏やかに死んでいきました。
「かげみ」の舞台装置を準備して、4月8日東京のルネ小平でワークショップを行い、翌日成田からコロンビアのボゴタに向かいました。


(2008年06月 COLARE TIMES 掲載)




「COLARE TIMES 編集室」へ ― 「ラレコ山への道」トップページへ ― ホームへ