Vol.41

2006〜2007年 フランス小都市ツアー(1)


 2006年の冬は久しぶりに初めての町ばかりのツアーとなりました。劇場も小さく、作品は舞台の上にプールを作って水を張る「うねつ」です。劇場図面は1月前、テアトルドラビルで新作発表中に受け取りました。デジタルデータはなく、全部紙の図面です。劇場の本番が終わってホテルに帰り、毎日パソコンで図面を起こす日々でした。1日1枚書き上げ全8ヶ所の図面を照明デザイナーに渡し、帰国する前に相手の劇場に渡しました。
ヨーロッパの劇場は大抵、舞台前面に防火シャッターがあり、その下に物を置くのは禁じられていて、やむをえず置く場合は事前に交渉が必要です。今回はほとんど舞台に収まりません。「うねつ」は水の波紋が周りに反射して美しい情景を作り出します。それを作り出すためには水に当てる照明機材の種類と設置場所、波紋がうつる幕の位置を正確に計算しておかなければいけません。図面上にその位置と但し書きを書き添えるのですが、その意味を理解してくれるかどうか、現場に乗り込むまではわかりません。
 1月18日、成田、パリ、ボルドーと乗り継ぎ、そこからはミニバスで ARCACHON(アールカッショ)へ到着。比較的コンディションのよい OLYMPIA という劇場ですが、「うねつ」は客席から登場しなければならず、その導線が図面からは不明確でした。その問題も難なく解決し、最初の都市はクリヤーしました。
 公演翌日1月21日、朝8時にミニバスで180km離れた BERGERAC(ベルジラック)へ移動。この劇場も奥行きがないので、奧の壁ギリギリにスクリーンを仮設して貰い、舞台前の防火シャッターギリギリに舞台を納めていたのですが、防火シャッターは降ろさなくても良いというので、30cmほどはみ出させることにしました。噂では劇場の技術者の一人が町の消防団員を兼ねていて、その関係で許可が出たとのこと。袖幕が短くて、それを吊っているバトンが客席から見切れてしまうと言う問題が出ましたが無視しました。

 1月23日朝7時、ミニバスで342km離れた BOURGES(ブルジュ)へ移動。この劇場は後が三角形にすぼまっているのですが、前をはみ出させて何とか納めました。後の回り込みがギリギリになってしまい、客席から見えそうでした。
 1月25日、ようやく休日です。移動、仕込み、公演、撤去を繰り返していると、3日間隔で町を移動していきます。国際的旅芸人集団の山海塾ですが、これが続くと自分が何処にいるのか判らなくなってきます。忙しいので朝食はホテル、昼食と夕食は劇場の楽屋で作って食べます。町から町へはホテルの玄関から次の町のホテルの玄関までバスで移動し、滞在中は劇場とホテルの往復しかしません。若いダンサーはそれでも果敢に観光して風邪を引いたりします。
 この町には世界遺産になっている古い教会があります。その教会を見ながら、のどかな田舎の散歩を楽しみました。ヨーロッパの町はどんなに小さな町でも個性豊かな情景があります。歴史の積み重ねというものをつくづく考えさせられました。


(2007年08月 COLARE TIMES 掲載)




「COLARE TIMES 編集室」へ ― 「ラレコ山への道」トップページへ ― ホームへ