Vol.40

2005年秋〜2006年 パリ新作「TOKI」


 10月14日、西巣鴨創造舎体育館に新作の舞台装置を仕込んで、本格的に稽古を開始しました。以前オペラ「青ひげ公の城」で使った、モノリスと呼んでいる高さ2m70cm、幅90cm、暑さ15cmの黒いオブジェを7個、半円形に立て、新しく制作した5cm高の舞台を敷きました。17日には吊り物のリングとパイプが届き、滑車を仕込んで上下に稼働するようにしました。
 モノリスは暫く宇都宮の湿気の多いところに保管していたので、所々かびが生えて綺麗な模様ができていました。新しくプラスチックで製作する予定なので、それにもこれらの模様を施すことになりました。月曜日から金曜日まで稽古、土日は富山の作業場で舞台装置作りの日々です。
 10月25日に新作と金柑少年の舞台装置をパリに船で送り、11月出発直前に航空便で稽古用の舞台装置や衣裳関係の物品を送りました。
 11月20日、ダンサー全員日本を出発しました。この後12月11日の仕込みまでに順次技術スタッフが到着します。14日のフォトコールまでには制作スタッフも揃います。今回は作品を共同制作する北九州のスタッフも早めにパリ入りしました。
 そして新作を作るときの要とも言うべき舞台監督と照明デザイナーが新しくなりました。二人ともツアーメンバーとして参加していたので、それほど戸惑うこともなかったのですが、テアトルドラビル側のスタッフは各技術セクションのチーフすべてが昔のままです。ところが前回まで手書き図面だったのが Auto CAD というソフトを使ってデジタルデータとなりました。以前からいた若いジャンミッシェルがテクニカルディレクター助手という立場で CAD を勉強し、すべてをデジタルデータ化していました。これに対して山海塾の新しい舞台監督である松下も自分のことを「ベクターお宅」と呼ぶほどに CAD に精通していて、AutoCAD 図面を VectorWorks というソフトに取り込んで、いろいろ問題点を遣り取りしていました。照明デザイナーの吉本も CAD を使います。一気に時代が新しくなった感じでとても頼もしく感じました。
 そして新作は「TOKI」というタイトルと決まり、出演者も8人というこれまでで一番多い作品となりました。新作の後、金柑少年も上演するのでそのスタッフもパリ入りし、総勢26人という今までにはない大所帯となりました。
 12月14日ゲネプロ、フォトコール。15日、新作初日。6回公演した後に27日から金柑少年を4回公演し、31日撤去、積み込み。倉庫の格納はドライバーのミッシェルに任せて、全員午後6時のフライトで帰国、翌1月1日午後2時に成田到着。
 10月から日本での稽古1ヶ月半、パリでの稽古1ヶ月、公演10回、長かった3ヶ月が終わりました。

※フォトコール …… 新聞社等のマスコミのカメラマンが撮影会を行うこと。


(2007年08月 COLARE TIMES 掲載)




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