Vol.39

2005年夏 金柑少年


 2005年は山海塾2年に1度の新作発表の年に当たるのですが、手違いで3月の発表予定が12月になってしまいました。当然5〜6月に予定していた日本での発表も翌年にずれ込みます。秋に予定していたアメリカ・ツアーは新作準備のため延期せざるを得ません。このままでは半年ほど失業状態になってしまいます。
 そこで以前から話があった山海塾の代表作「金柑少年」を、若手ダンサーをソリストとして、リニューアルする話が立ち上がりました。上演する劇場も10月にびわ湖ホールと決まり、12月のパリ市立劇場では新作との二本立て公演とし準備に入りました。
 すべてを以前の物とそっくりに作り直すという方針で、大道具、照明、音楽、衣裳の準備に掛かりました。
 舞台装置に1300匹分のマグロの尻尾が必要です。25年前に調達した築地市場の中央魚骨処理場に電話してみましたが、その番号は千代田水産という会社に変わっていて調達出来ません。そこで知り合いの寿司屋に頼み30匹分の尻尾を手に入れて、型取りしプラスチックで作ることにしました。
 手回しサイレンが必要なので、これも25年前に調達した東京サイレンに電話してみました。電話の向こうから「はい、東京サイレンです」と聞こえて来たときは、とても嬉しく思いました。しかし欲しいサイズの物はすでに生産中止になっていて、一回り小さい物になってしまいました。でも音が高すぎたので、結局昔使っていた物をまた使うことにしました。
 尻尾を張り込む戸板は、昔は実物の雨戸を集めてきたのですが、今ではまとまった数を集めるのは難しいので、杉を製材して本物の雨戸と同じ作り方で作ることにしました。自分で作るのならば一回り大きい物にしようと、4尺幅7尺高の物にしました。オイルステンを塗ってバーナーで焼き表面をブラッシングすると、まるで本物です。
 音楽は吉川洋一郎がコンピュータやスタジオミュージシャンを使ってそっくりな物を作りました。衣裳も飯塚が昔の物を参考に同じ物を作りましたが、夏物学生服の生地がどうしても見つからず、昔の物を使うことにしました。
 7月1日から26日まで、西巣鴨創造舎の体育館で舞台を組み、稽古をしました。稽古中も小道具作りや衣裳合わせなどを行い、夏の合宿や冬のパリ新作発表の準備と忙しい日々を過ごしました。
 8月はお盆や合宿などで、山海塾の仕事はデスクワークのみでした。9月に入り、新作の舞台装置を具体的に作り始め、その一方で「金柑少年」の舞台装置の最終調整。びわ湖ホール上演後は、パリへの船荷用にパッキングできるよう細工しました。
 9月25日、富山でトラック積み込み、26日早朝ハイエースで出発。11時からびわ湖ホール搬入、稽古開始。30日、生きた孔雀を舞台で使うので近くの移動動物園でレンタル。10月1・2日、「金柑少年」マチネ公演。合宿研修生の松岡が、山海塾ダンサーとしてデビューしました。その日の内にハイエースで孔雀を返し、市原、松岡と富山に移動。翌日、トラックから倉庫に舞台装置を格納、帰宅。その翌日から新作の稽古に入りました。

(2006年11月 COLARE TIMES 掲載)




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