Vol.35

2005年春 南仏 Sete


 1年ぶりにヨーロッパツアーに来て、初めての町 Sete で久しぶりの「うねつ」公演です。本来この時期はパリで新作発表の予定だったのですが、手違いで半年延期となり、今回は無理矢理1ヶ月のツアーを組みました。
 舞台衣裳をエアーカーゴで送ったり、娘のピアノ発表会に行ったり、母親が入院したり、スマトラ沖で大地震が起きたりと、あわただしく日々が過ぎていきました。
 3月31日、新年度が始まる前に日本からパリを経由して、その日の内に南仏の Sete に来ました。ものすごく旅情を感じる港町です。遠くにターミナル駅が見え、海からは何本もの運河が通じていて、巨大な跳ね橋が現役で稼働しています。ホテルに到着後数人のメンバーと運河の前のカフェでビールを飲んでいると、20時間ほど前までの日本のことが、すごく遠い昔のことのように思えてきました。
 翌朝劇場に行くと、古いタイプのオペラ劇場で、ライトブリッジや柱、すのこなど、ほとんどが木で出来ています。「うねつ」は舞台全面に深さ10センチほど水を張るのですが、舞台床がもともと3%傾斜しているので、その上に平らな床を作るようリクエストしておいたのですが、後ろの部分が厚さ4ミリほどのベニヤ板を1メートルほどウエイトを台にして並べてあるだけなので、これでは踊れないから作り直して欲しいと申し入れました。
 照明や幕の位置も図面と違います。時間がないのでそのまま仕込んでもらい、全員で床を作り直すための材料を探して作業しました。奈落に行ってみると、なんと水没しています。かなりの深さで全体に水が満ちています。何か厳粛な感じすらする、異様な光景でした。そういえば劇場の名前になぜか貯水槽という意味の言葉が付いています。
 一時はどうなるかと思った舞台床も何とか修正して、舞台前15センチ、舞台奧1センチぐらいには水を張ることが出来ました。公演中に舞台前から水が溢れてしまいますが、どうせ奈落は水浸しです、余り気にすることもありません。それよりも劇場のスタッフが「水を抜いてもいつの間にか元通り水でいっぱいになってるんだよ」と言ったことの方が気になります。
 4月2日、「うねつ」公演、満席700人。
 翌日は休みで散歩や海産物を食べて楽しんでいたのですが、夜になってローマ法王ヨハネパウロ2世が死去したニュースが入り町中静まりかえっていました。
 4日、スタッフは次の公演地リヨンに移動打ち合わせ、ダンサーはパリに移動して倉庫でトラックの積み替え。ようやく忙しくなってきました。

(2006年04月 COLARE TIMES 掲載)




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