Vol.30

2004年新緑 アイスランド


 かなりハードなスイスツアーが終わり、5月16日、チューリッヒからコペンハーゲンを経由して、初めての地アイスランドのレイキャビックに到着しました。しょっちゅう旅していても初めての土地というのは、期待と不安が募ります。特に今回訪れるアイスランドは島国ですので、文化的にどの国に近いのか想像がつきません。アイスランドといえば活火山、レイキャビックといえばレーガンとゴルバチョフ会談が頭に浮かぶのですが、どの様な人たちが暮らしているのでしょうか?
 4月のイスラエル公演から手持ちで来て、スイスツアー中も持ち回っていた「ひびき」の衣裳を空港に迎えに来た車に積み込み、ホテル経由でアイスランド国立劇場へ打ち合わせに行きました。外観が黒っぽく、国立劇場としてはこぢんまりとした建物です。舞台装置はフランスに置いてあるセットを船で送っておいたので、まず物品チェックをしたところ、物は全部揃っていたのですが、水盤を梱包しているケースのキャスターが取れてしまっています。重量250kgの箱を4個のキャスターで支えていたのですが、その内の1個が木ねじごと外れてしまっていました。直しておかないと搬出の時手こずります。
 また、打ち合わせの時に初めて出てきたことですが、この劇場で常打ちの出し物があり、そのために吊ってある照明機材を出来るだけ動かさないようにして欲しいとの事。フェスティバルでは良くある話なのですが、もともと照明機材が足りないのに使えない機材が出ると、量的な問題だけでなく、その機材が邪魔してフォーカスが出来ないという問題も出てきます。しかし出来るだけ検討して明日の朝、新しい仕込み図を出すということに落ち着きました。
 楽屋も小さな部屋が沢山あるのですが、普段は劇場付きの役者の専用部屋になっていて、服や化粧品が置いてあります。公演期間中その人たちはいないということですが、これも良くある話ですが、その部屋の役者や音楽家が自分の物を取りに来ることがあります。
 ようやく打ち合わせが終わり、海沿いの道をホテルまで15分ほど歩いて帰りました。風が強く、寒々とした風景です。夜になっても暗くならない白夜の時期なので、時間もよくわかりません。湯船につかる習慣がないそうで、ホテルにはシャワーしかありません。風邪を引きそうなのでウイスキーを飲んでそのまま寝ました。
 翌17日朝9時、仕込み開始。バトンはかなり太めで直径64mm。いろいろな舞台装置が吊ってあります。幕や照明機材の吊り換えから始めました。午後には照明のフォーカスが始まる予定ですが、フォーカス用のタワーが見あたりません。この劇場では毎回バトンを降ろしてフォーカスするそうです。機材は150台ぐらい吊りますから、その回数だけバトンの上げ下ろしをすることになるかもしれませんし、一度で決まるとは思えないからもっと多くなるでしょう。気が遠くなります。幸い別の劇場に、バトンまで届く7mぐらいの脚立があるということなので、それを借りて貰うことにしました。
 午後からはフェスティバル事務所に行って、日本大使館に電話したり、町を散歩したりしました。家の形が西部劇に出てくるようなデザインです。みんな普通に英語を話すので、何となくアメリカの田舎町に来ているような感覚です。
 翌18日も同じように淡々と仕込みが続いたのですが、午前11時に事件が発生しました。4階の稽古場を、衣裳部屋兼メークアップルームにしていたのですが、群舞の衣裳が1着見あたりません。他にもいろいろハンガーに掛かっていたのですが、1着だけなくなっています。みんなでいろんな所を探し回り、2時間後に奥にある劇場の衣裳部屋に置いてあるのを発見しました。盗むには貧相な衣裳だし、いたずらにしてはもっと気の利いたやり方があると思うので、不思議な事件でした。劇場付きの役者が自分に合う新しい衣裳はないかと、稽古場に来て試着してみたのではないかということに落ち着きました。
 5月19・20日、ひびき公演。公演終了後、日本大使館主催のパーティーが劇場でありました。大使はノルウェーと兼務で、レイキャビックには代理大使が居います。文化担当の木村さんはまだ学生のように若く見える女性でした。レイキャビックには日本人女性が数10人住んでいるそうですが、ほとんどの人が海外で知り合い、結婚して、アイスランドに来たそうです。
 翌日は久しぶりの休日。フェスティバルが観光ツアーに招待してくれました。溶岩で出来た岩場や青く澄んだ泉、蒸気が噴き出している温泉の源泉などを見て回っていると、またしても事件発生。あさってからノルウェーで同じ公演をするので、船ではなく、エアーカーゴで舞台装置を運ぶ予定だったのですが、空港で荷物を積む段になって、飛行機に入りきらないと言ってきました。とりあえず荷物を入れることの出来る大きさの飛行機便がベルギーに向かうのでそれに乗せて、その後オスローへ運び、陸路ベルゲンに運ぶと言ってきました。通関事務もあるのでまず間に合わないでしょう。善後策を講じなければならないのですが、地の果てまで来ていて手も足も出ません。悩むのはやめて、世界的に有名な温泉、ブルーラグーンに浸かることにしました。沼のように広い露天風呂で乳白色のお湯、少しぬるめです。小ぬか雨が降っていて、湯から上がると冷たく、浸かっていると体が溶けていきそうな倦怠感に襲われます。荷物のことなどどうでも良くなりました。ビールを飲んで命の洗濯です。

(2005年05月 COLARE TIMES 掲載)




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