Vol.29

2004年春 スイス3


 5月11日、バスでジュネーブから300km離れたヴィンタツールへ移動。今日は久しぶりに移動のみで、劇場での仕事はありません。この町での公演は25年ぶりです。そのときは山海塾の「処理場」という、野外向けの作品を上演しました。移動と仕込みの疲労で「眠い、寒い、ひもじい」の三重苦のまま本番となり、その上雨まで降り始めました。寒さと疲労で震えながら踊っていると、不思議なことにだんだん興奮が高まり、そのまま踊り続けることが出来ました。観客も雨の中帰ることもなく、じっと見続けてくれました。観客からエネルギーを受け取り、それを増幅して放出するという事をその時初めて感じました。
 思い出深い町ですが、25年前の思い出に繋がる物は特になく、清楚な田舎町という印象だけが共通します。そういえば1週間前に公演したチューリッヒの劇場の管理人が25年前の公演を見ていて、また会えたと喜んでくれたので感激しました。
 劇場は「Theater am Stadtgarten」。こぢんまりとした劇場ですが、特筆すべき点が二つ。まず吊り物バトンの太さが直径70mm。バトンが太いと持ち込み機材のクランプが咬まず苦労します。普通は50mm程度ですが、ここまで太いパイプは台湾の国家戯劇院以外知りません。
 さてもう一つは、奈落にコンピュータ制御の移動式電動ウインチが6機あることです。カウンターウエイトの手動バトンにこのウインチを付けることによって、スピード可変の電動バトンに早変わりします。50本ある手動バトンのうち、どれにでもこれを取り付けることによって、6本の最新式電動バトンになります。似たような構造の仕掛けは昔からありましたが、ここのシステムの優れている点は「セッティングが終われば操作卓のみで、人手がいらない」「グレードアップが簡単に出来る」ということでしょう。5月13日「うねつ」上演。
 5月14日、朝バスで56km離れたズッグヘ移動。ホテルに荷物を預けて、9時から劇場で仕込み開始。劇場の名前は「Theater Casino」。カジノというと賭博場を連想するのですが、劇場の裏が湖に面していて、船着き場やキヨスクがあり、のどかな観光地の中といった雰囲気です。この劇場のバトンも太く、直径60mm。
 この町の近くに私の古い日本の友人が住んでいて、今日会う予定にしていました。押川恵美さんという富山出身の女性で結婚してこの近くに住んでいます。15年以上音信不通でスイスに住んでいることすら知らなかったのですが、メールで山海塾に連絡してきました。以前、この日記に師匠の守鏡丸の事を書きましたが、彼女はその師匠に紹介されました。彼女は最近日本語を表示できるパソコンを買ったので、インターネットで守鏡丸を検索したところ、「COLARE TIMES」がヒットして私の近況を知ったそうです。スイスの山間に住みながら COLARE TIMES が読めるとは、時代は変わったものです。
 劇場で彼女と待ち合わせ、電車で schwyz という町へ行き、10分ほど山を登ったところに彼女の家がありました。家の周りは牧草地で山々や湖が見渡せます。日没がとてもきれいでした。家族とともに夕食をご馳走になり、帰りは車でホテルまで送ってもらいました。
 5月15日、スイスツアー最終日、「うねつ」上演。終演後、舞台装置の撤去、積み込みをして、フランスでの荷下ろしと保管は運転手のミッシェルに任せ、翌日チューリッヒ空港からアイスランドに向かいました。

(2005年05月 COLARE TIMES 掲載)




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