Vol.25

2004年春 フランス


 昨年の秋は久しぶりに日本国内での公演ツアーだったので、8ヶ月ぶりのフランスです。しかもすごく久しぶりに「しじま」「うねつ」を上演します。
 パリの倉庫から舞台装置を荷出しするために、3人の若手ダンサーが1日早く、2月27日に日本を立ちました。最初の公演地はフランスの中央に位置するオーペルニュー地方の CLERMONT - FERRAND です。タイヤで有名なミシュランの出身地だそうです。初めての町なので観光したかったのですが、同じ劇場で2作品上演しなければならず、その上久しぶりなので、みっちりリハーサルをしなければいけません。今回の音響スタッフはいつもの相川ではなく若い宮崎です。「しじまのオペレーションしたことあったっけ?」とパリからの電車の中で聞いたら、「以前東京で手伝ったことがある」とのこと。何が何でも音付きで通し稽古をしなければなりません。
 3月2日、「しじま」公演。仕込み替えをして4日、「うねつ」公演。公演はうまくいったのですが、準備中、控え室にあった舞台監督のパソコンが盗まれました。ドアを開けておいたのが悪いのですが、部外者が簡単に楽屋に入ってくることが出来る状況だったのです。この後の各公演地のデータが入っていたので困ったことになりました。3月中のデータは各劇場に送ってあるので当面は何とかなります。いったん全員パリに戻り、倉庫でトラックの舞台装置を「かげみ」に積み替えです。この後6カ所「かげみ」が続くので、6日に岩下が日本から来て合流しました。
 3月7日、パリからモンペリエに向かう TGV の中でエージェントのピエールが「舞台装置を運んでいるトラックがブレーキの故障で走行不能になった。戦車を運ぶトレーラーにトラックごと載せてモンペリエの劇場まで運ぶことになった」と冗談のようなことを言います。翌日、5年ぶりに Le Corum という劇場に行くとトラックは到着していました。本当にトレーラーで運んだそうです。手数料1,000ユーロ支払いました。劇場は、5年前はまだ建設途中だったのですがすっかり出来上がり、あっちこち壊れ始めています。特に搬入用の大きなリフトが故障していたので搬出入は手こずりました。3月9日「かげみ」公演。2,200席満員の観客でした。
 翌日バスで同じく地中海沿いの町イストゥルに移動しました。初めての町です。閑静な別荘地といった感じです。Theatre de L'Olivier 劇場は、客席数574と小さく、搬入口も階段になっているのでホイストを併用します。11日に同じ舞台を使って選挙のための集会が有るので、10日午後から仕込み始め11日は午前で上がり。この日、スペインのマドリードでアルカイダによる列車同時爆破テロが起き、190人が死亡しました。12日まるまる仕込んで、13日「かげみ」公演。観客数500人。
 14日、パリに戻るため TGV に乗ると、電車の中の荷物置き場がテロ防止のため使えなくなっていました。パリの駅から直接バスでパリ郊外の Cergy - Pontoise にある Louvrais 劇場に行き、午後2時、仕込み開始。以前も公演したことのある割合新しい劇場ですが、舞台の奥行きが少なく、仮設バトンを2本仕込んで対応しました。16日「かげみ」公演。650席満席。次からは2日公演にしようということになりました。
 3月17日、フランス北西部のブルターニュ地方、バンヌへ移動。Palais des Arts という良く知っている劇場です。舞台前面が三角形に飛び出している変わった小屋です。町には古い建物や城壁があり、クレープとシードルが名物です。3月20日「かげみ」公演。観客数700人。
 21日パリに戻り、翌日は5月のツアーに備えて、倉庫で「うねつ」「ひびき」のパッキングとリスト作りです。この日、パレスチナのハマス創始者ヤシン師がイスラエル軍のヘリコプターによるミサイル攻撃で暗殺され、パリはかなり緊張に包まれました。
 次の公演地はパリ郊外の Sceaux にある Les Gemaux 劇場です。ここも良く知っているところで、全員パリのモンマルトルにある定宿から電車で毎日通います。片道1時間ほどです。3月26・27・28日、「かげみ」公演。すべて満席。
 29日、最後の公演地ディジョンに向かいました。以前も来たことのある新しいオーディトリアムで、非常に大きく仕込みも問題なく進み、31日「かげみ」公演。
 翌日早朝ホテルからチャーターバスで直接パリの空港に向かい、日本で1週間の休日です。
(2004年09月 COLARE TIMES 掲載)



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