Vol.11

ヨーロッパ冬の地方公演


 パリに1週間滞在した後、地方公演に出発しました。
 日本の公会堂のような劇場はヨーロッパでも各地にあり、いろいろな特色が有ります。日本との大きな違いは、劇場の中に作業場や資材置き場があって、私たちの持ち込んだものがその劇場で使えない場合には、その場で加工して対応してくれる点です。
 2001年2月18日からフランスの西方に有るバンヌという町で準備に入りました。劇場に行くとすでに所定の照明機材がセットアップされていました。20日午後8時半の開演です。「しじま」という演目ですが、約1000人の観客でした。
 23日に焼き物で有名なリモージュという町に移りました。Hotel de la Paix (平和ホテル)に宿泊するのですが、オルゴールや蓄音機に関するコレクションが素晴らしいホテルです。劇場ですが客席は3階席まで有り1500人ほどのキャパシティーです。ところが客席全体の天井が円形で上下に稼働するようになっていて3階席を隠すことが出来ます。シャンデリアやダウンライトなど天井に付いている物はすべて一緒に稼働します。1・2階席合わせて1000人の劇場になり、誰も3階席の存在に気づきません。24日、ここも「しじま」で1000人の観客数でした。
 26日からドイツのルードウィッスハーフェンという町に移動しました。オペラ劇場なのですが、劇場のポータルが電動で前後に稼働します。普通 の劇場は客席とステージを分ける壁がまず有り、その後ろに緞帳が有ります。日本の以前の劇場では見ない物ですが、ヨーロッパの劇場ではその奥に黒い壁に見える物が有って、舞台の額縁の役割を果 たします。これを吊り替えて場所を移動したいと思うことは演出上よくあることなのですが、この構造物は非常に重量 があり、いろいろな機材が取り付けてあるのでまず無理です。このポータルと呼ばれる構造物が照明バトンや吊り物バトンに影響せずに単独で前後に3メートルほど移動します。驚きました。28日に「うねつ」を上演し、やはり1000人ほどの観客でした。
 3月1日にドイツのレムシェイドという町に移動しました。雪が降り続き、早朝は深い霧で劇場までの道を迷いながら行きました。小さい劇場ですがディレクターやスタッフがフランス語を話し、ドイツでは珍しく開放的な雰囲気でした。食堂やキッチンを自由に使って良いというので、みんなでカレーやシチューを作って食べました。3日、ここも「うねつ」で800人ほどの観客数でした。
 翌日の移動は時間に余裕があったのでケルンの大聖堂を見学しました。20年ほど前にこの教会の前の広場で野外デモンストレーションを行ったことが有るのですが、雨の中少し感傷的になって散策しました。
(2001年06月 COLARE TIMES 掲載)



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