Vol.05


コロンビアの休日

 4月9日、予想外に何の問題も起こらなかったブラジルからコロンビアに移動しました。ここの空港は世界でもっとも危険な所と言われていました。何しろ通 関所から車の乗り場まで荷物の保証はないというところです。ところが今回は非常に人が少なく自分たちで荷物をバスまで運ぶことが出来ました。治安が良くなったのでしょう。ところが次の日みんなでボゴタの名所、モンセラーテという山の上にある教会に行く途中でナイフを持った少年がいきなり襲ってきました。100メートルほど走って逃げて振り返ってみるとダンサーの一人が4〜5人の少年に捕まっています。また全速力で100メートル走り寄って大声で「こらー!」と叫んで戦う体制を取ったところ、子供達は驚いて手を離したので彼を奪還しどちらが戦闘的に優位 であるかをはかりながら彼らから距離を離して危機を脱出しました。この地点は歩いて通 ってはいけないとすべてのガイドブックに書いてあるところです。ところがそう書いてあると歩いてみたくなるものです。世界中至る所にそんな場所があり行ってみるととても素敵なところだという事を経験的に知っているからです。しかし我々は幸運でした。翌日から彼らは銃を持ち出しました。オランダとメキシコのアーティストが連日身ぐるみ剥がれるという事件が同じ場所で起きたのです。金品を奪うだけではなく物陰に連れ込んで本当に衣服をはぎ取ったそうです。たぶん銃の借り賃にかなりかかるのでしょう。サンパウロの石井さんの話によると武器の質屋というのがあってそこに行くと自動小銃から手榴弾までわけなく手にはいるそうです。私のホテル一泊分の金額と地元の肉体労働者一月分の賃金が同じだそうですが癪にさわる奴を襲ってみようと思う気持ちは分からなくもない。我々のホテルは24時間自動小銃を持った5人の警官が警備をしていました。


コロンビアの体力勝負

 4月18日からボゴタの仕込み開始です。ここの照明は電気工事のように行います。新品の機材に付いているプラグをちょんぎってそのまま結線するのが流儀です。フォーカスやらパッチの確認やらで1日がすぎてしまいました。次の日は舞台を組んでサイドスポットや前明かりのフォーカスで終わりました。公演初日は照明キュウの打ち込みをしている最中に音のチェックとダンサーの場位 置確認をして、リハーサル無しで本番となりました。ブラジルと同じ演目なのでそれほど心配は有りません。ところでボゴタは標高2700メートルの高地にある町です。立山の頂上に劇場が有るようなものです。そこで5日で6回の公演です。上下の袖中に酸素ボンベが用意してあるのですが、呼吸の苦しいのは何とかなるとしても公演中に頭痛がしたりボーとしたりしてどうも集中力に欠けます。マチネ、ソワレの2回公演の日などはどう手を抜いて踊ろうかキャリアの見せ所と行ったところです。この劇場は国立のオペラハウスで1300人ほどのキャパですが今回が3回目です。フェスティバルは23日に終わるのに我々だけ24日が最終日です。フェスティバルのスタッフや協賛している企業や助成団体の人が見に来るための特別 な日だそうです。テレビカメラが入ってうっとうしいなと思っているところへ大統領が見に来るという噂が流れて犬が警備のために導入され、舞台全面 に砂が敷いてあるのですがその上を歩き回ったためにスタッフが足跡を消して回るという事態になってしまいました。本当に見に来たかどうかは定かでは有りませんが最終日も満席の舞台となり、最後はへとへとになりながら舞台装置をトラックに積み込みました。日本に着くのは2ヶ月後の7月末でしょう。赤道を通 るのでガムテープは解けてしまうので梱包には使えません。記念にコロンビアの土鍋を入れてやりました。

(2000年10月 COLARE TIMES 掲載)



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