ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の七拾壱】春を待ちわびて

2012年3月

桜の花びら

暖冬とか地球温暖化などと言われるようになって久しい現代ですが、関東でも今年の冬は昔懐かしい寒さを感じています。街にまだ舗装されない土の路があって、霜柱をザクザク踏みながら学校へ通ったあの頃、池に張った氷に恐る恐る乗ってみたあの頃の寒さです。しかしこの寒波は日本海側には大変な大雪をもたらしています。雪害に遭われている皆様に心よりお見舞い申し上げます。

平安時代の中頃(西暦1000年頃)に世に出た清少納言の『枕草子』の中に「白山の観音、これ消えさせ給うな」という一節があります。12月中旬に京都に大雪が降り、宮中ではあちこちの御殿の庭に雪の山を作らせました。その雪山を見ながら中宮定子(ちゅうぐうていし)はお仕えする女房たちに「この雪山はいつまで消えずにあるものか?」と問います。多くの女房たちは年内で消えるとの予想を申し上げる中で、清少納言だけが「年明け1月半ばまではあります!」と答えてしまいます。定子も女房たちも「そんなにはもたないだろう!」というので清少納言も「せめて年明け早々にはと言えばよかった」と内心後悔するものの、気の強い彼女は不安を覚えつつも撤回しません。その後、雨が降り、雪山が小さくなった時に、この他愛もない“ギャンブル”に勝つべく、当時は年中雪が消えることがないと言われていた北陸の白山観音にお祈りしたわけです。交通機関など存在せず、様々なメディアからの情報収集など考えられなかった時代でも、北陸の大雪は周知のことだったのでしょう。

16世紀末に京坂地方で生まれた「地歌(じうた)」という三味線音楽があります。様々な三味線音楽の中で最も古い歴史を持つジャンルです。その地歌を代表する曲のひとつとして、18世紀末に流石庵羽積(りゅうせきあん・はずみ)の作詞、峰崎勾当(みねざき・こうとう)が作曲した「雪」という名曲があります。冬の夜、尼になった女性が、今は出家して清い境地にいるものの、芸妓であった昔、来ぬ人を待って夜を明かすこともあった……と述懐する内容で、冒頭の「花も雪も払えば清き袂(たもと)かな」という一節の「雪」を曲名としたものです。この曲中、三味線だけで演奏される「合の手」という部分があります。「雪」の中では、夜中に遠くの寺で響く鐘の音を表現したものなのですが、何ともシンミリした曲調から、他の三味線音楽や歌舞伎の下座音楽では雪が降っている情景描写に転化され、「忠臣蔵」をはじめ実に多くのシーンで用いられています。この曲を聞いただけで、“音の無い”はずの雪がしんしんと降ってくる情景が目に浮かんでくるのは不思議です。

今回は、連日報道される大雪のニュースに対して少々のん気な、かつ寒さの上塗りをするような内容に申し訳なく、やがて巡り来る春の「生命力」が思い切り溢れる和歌を万葉集より一首。

見渡せば 春日の野辺に 霞立ち 咲にほへるは 桜花かも (作者不詳)

(2012年03月 COLARE TIMES 掲載)

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