ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の七拾】『掛取萬歳』を聴く時節

2012年1月

何にこの 師走の市に 行く烏(からす)

松尾芭蕉が、慌ただしい師走の街に心惹かれる自分自身を諌めた句と言われています。
3月の大震災以来、私たちが携わる芸能という仕事の、社会における“立ち位置”の再確認を迫られた1年でした。そして、復興や停滞してしまった社会の活性化に向けて、“精神的後押し役”として求められていることを強く感じました。刻々と変化し続ける世の中で、他者の視線になる努力をし、自らの存在意義を見出す作業が常に必要であることも痛感しました。

年末によくかけられる落語の演目に『掛取萬歳』があります。
大晦日に借金が払えない長屋の夫婦が掛取り(借金取り)を追い返すため、「相手の好きなことをやってごまかして追い返してしまおう」という策略を思いつきます。狂歌好きの大家には即興で次々と狂歌を詠み、ついには来春までの猶予を取りつけてしまいます。次にやって来た喧嘩好きな魚屋には喧嘩腰で応酬し、あげくに払ってもない借金を払ったことにし、領収書まで書かせてしまいます。義太夫好きな大阪屋の旦那には、隣の寄席に出ているおばさんに三味線を弾いてもらい、義太夫を語ってペースに巻き込み撃退成功。芝居(歌舞伎)好きの酒屋の番頭には、お囃子を入れて歌舞伎調のセリフ回しのやり取りで相手を乗せてお引き取り願い、最後に萬歳好きな三河屋の旦那には、三河萬歳の調子で「待っちゃろか、待っちゃろか、ずっといって1年か」期間は5年、50年とどんどん延び、「100万年も過ぎてのち、あ~ら払います」とオチになります。これは“テープが擦り減るほど聴いた”六代目・三遊亭圓生バージョン。落語家にとって芝居見物が必修科目であった時代の名人・圓生師匠の至芸を堪能できます。最近では現落語協会副会長・柳亭市馬師匠の「狂歌」「喧嘩」「相撲」バージョンがお奨め。やって来た相撲好きな両国屋の旦那に対し、「東ぃ~、掛け取り 西ぃ~、言い訳」という呼び出しの調子から、お得意の美声に乗せた“言い訳盛りだくさん”の相撲甚句で撃退。聴き応え充分です。

江戸時代は、米、味噌、酒などの食料品は言うまでもなく、買い物の多くがツケ(掛け売り=店の者が月末に集金に出向く)で行われていたそうです。“カード社会”が象徴するように、年収や勤務先、社会的ポジションなどの価値観を基に貸借関係が成り立っている現代とは異なり、村や町という共同体の中で、信用の尺度があくまでも相手の人柄であった時代の商習慣と言えるのでしょう。人と人との関係性を問い直す言葉として「絆」が注目されている今年の師走、あらためて『掛取萬歳』という噺を味わっています。

いかなる時も、時は巡り、来るべきものは来ることを今更ながら思い知らされますが、気がつくと師走の喧騒にいつも通り呑み込まれている自分に、芭蕉の句が響きます。

CD「柳亭市馬 落語集 其の三」
「柳亭市馬 落語集 其の三」 CDのジャケット

「柳亭市馬 落語集 其の三」 CDのジャケット

(2012年01月 COLARE TIMES 掲載)

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