ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の百四】「三番叟」の祈り

2020年11月

 今や疫病退散のお守りとして妖怪「アマビエ」が“全国区”となりました。先行きの見えない災疫に対して人々は祈りに向かう……古今東西の常と言えましょう。

 能には、「能にして能にあらず」と言われて特別扱いされるる『翁』という演目があります。物語は特になく、神聖な儀式としての手順に従い、演者たちは神となって天下泰平、国土安穏を祈りつつ舞を舞います。この『翁』の後半に「三番叟」があります。

古典空間




おおさえおさえ 喜びありや 喜びありや 我が此の所より外へは遣らじとぞ思ふ
(なんと喜ばしいことだろうか。私たちはこの喜びを、他のどこへもやりたくない、失うまいと思うのだ。)

 

 「三番叟」は、いつまでもこの豊穣が続きますようにと神への祈りの言葉と共に登場し、躍動的な足拍子で力強く舞う「揉ノ段」、そして黒式尉という面を付けて鈴を振りつつ、徐々に加速しながら圧倒的な勢いで舞い納める「鈴ノ段」と続きます。足拍子や鈴が大地と生命の力を再生させて五穀豊穣、子孫繁栄を祈る、まさに神事であり、舞台も客席も神聖な緊張感に満たされます。

 この「三番叟」は、江戸時代には歌舞伎舞踊は言うまでもなく、各地の郷土芸能に至るまでさまざまな芸能に波及し、庶民の心の隙間を埋めるような娯楽の要素も付加された作品・演目が数多く生まれました。そして天下泰平、五穀豊穣と共に疫病退散、無病息災など人々の生への願いを込めて舞い演奏され、今に伝承されているのです。また劇場の新築や改装を記念する柿落とし公演においても、たびたびこの「三番叟」が披露されることはご存じの方も多いのではないでしょうか。

 東京では、国立劇場の9月文楽公演の第1部で「寿二人三番叟」が上演されました。太棹の義太夫三味線によるリズミカルな演奏と、太夫の華やかな浄瑠璃に乗って、二体の人形が足を踏み鳴らし、舞台の四隅を鈴で浄めるなど、力一杯そしてコミカルに踊る……理屈抜きに楽しめる演目です。このコロナ禍の中、希望につながる演目によって劇場が再開されたことは実に喜ばしいことでした。

 9月22日、横浜市の文化事業に参加し、約半年ぶりにステージ裏聞いた生演奏がどんなに心に沁みたことか……仕事で関わる身の自分でさえ図らずも音楽文化の大切さを実感しました。今回のコロナ禍によって芸術文化の存在価値を再認識できた以上、改めて社会に向けて発信してゆく責任を感じています。

 私たちの場合、来年1月までに行われる予定の劇場公演のほとんどが中止または延期となってしまいました。しかし、さまざまな工夫を凝らして感染防止対策を取りつつ、再開に向けての準備は「収束への祈り」と共に確実に始まっています。


古典空間
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日本舞踊家集団・弧の会公演が、2021年2月28日は米子市公会堂(鳥取県)、3月20日は魚沼市小出郷文化会館(新潟県)にて開催される。幕開けに“弧の会版 三番叟”とも言える「若獅子」を上演予定。

古典空間
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横浜のみなとみらい、ランドマークスクエア特設ステージ  木立(胡弓:木場大輔 キーボード・シンセサイザー:足立知謙)

(2020年11月 COLARE TIMES 掲載)

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