ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の百参】コロナ禍と伝統文化

2020年8月

 人類の歴史は、疫病との戦いの歴史……とも言われています。科学的な判断材料が乏しかった時代には、宗教や占いなどに収束を委ねるしかなかったわけです。現代社会においても、解決への光明が見えない現状に対して、治療薬やワクチンの開発と流通に向けた人々の想いは「願い」「祈り」だけなのでしょうか。

 3月に予定されていたオーバードホールの「弧の会×若獅子会」公演(7日)、じょうはな座における「江戸芸能の風景3」公演(14日)も実施できなくなりました。それ以降、私たちが関わる年内の公共ホールにおける公演や自治体主催の文化事業もほぼ中止・延期の止むなきに至っています。感染防止のため「不要不急」の外出を控えることという考え方を背景に、国内は一斉に文化活動停止状態に陥りました。

 人は、衣食住が満ち足りれば肉体的には生きていけます。しかし文化活動なくしては精神的に枯渇してしまう生き物でもあります。3月にはドイツのモニカ・グリュッタース文化相が「文化は人間の生命維持装置」であると言い切り、国籍の如何を問わずドイツで活動するアーティストに迅速かつ手厚く経済的援助を行ったそうです。対する“我が国”の行政の姿勢は今さら問うまでもなく、私たち自らが改めて文化の意味と価値を再考する必要に迫られました。

 劇場文化は基本的に、表現者であるアーティスト、希求・享受する観客、両者を結ぶ諸制作セクションの3部門で成り立っています。そこで私たちは、制作者という立ち位置で何ができるかを模索した結果、当面は以下の3点に取り組む事にしました。

(1)アーティスト・舞台関連スタッフの皆さまに向けて各種支援の枠組みの紹介や相談。また「政府・自治体による支援」要請に向けた連携への参加促進活動。
(2)アーティストの進める「映像配信」のアドバイスやサポートと「古典空間チャンネル」の立ち上げ。
(3)融資や支援申請など、法人としての体制維持に向けた取り組み。

 特に(2)に関しては、「お客様と時間と空間を共有する“生=ライブ”」にこそ価値を抱いてきた私たちにとって当初は大変懐疑的でした。しかし数々の作業を経るに従い、収束後の来場促進、芸能ジャンルの特徴やアーティストの素顔などの踏み込んだ紹介、課金システムを利用した経済活動など、映像配信ゆえに伝えられること、できることが多々あると気付きました。映像配信のための映像ではなく、その先にある明確な目的を指標にした映像制作を目指せばよいわけです。

 上記は1事例に過ぎませんが、「社会」にとって今何が大切なのか…私たちの携わる世界からできることを、1枚1枚丁寧に重ねてゆくしかありません。その過程で気づくことは、改めて文化…特に表現芸術は決して「不要不急」ではないということです。音楽・演劇・舞踊……人々はその“生=ライブ”を求め、アーティストや制作サイドも、自らの社会的役割を再認識し始めています。
 逃れようのないこの出来事を通して、経済効率最優先のフワフワした今までの体質を見直し、地に足を着ける機会と捉えるべきなのかも知れません。もしかしたら絶好の機会なのかも知れません。日本は近代以降、欧米化からグローバル化、IT社会からAIの台頭、スピード感と共に渇望され続ける変化……などが価値観として大きく社会を覆い尽くして今に至ります。対して伝統文化はその対極の価値観を基に「ゆっくりじっくり」熟成され受け継がれてきました。前者のような価値観がもたらした現代の中空構造の隙間を埋めるのに、今だからこそ、自らの足元で育まれてきた伝統文化との対峙は大いに有意義なはずです。結局、コロナのビフォーもアフターも、私たちは「いつも通り」伝統文化の価値を、芸能を通してお伝えしてゆくことになるでしょう。

 今回のコロナ禍の影響は計り知れなく、時の経過と共にその傷跡はさらに顕在化するでしょう。私たちは制作者の立場で、全国各地の劇場、また自治体文化事業ご担当の皆さん、そしてアーティスト・スタッフの皆さんと共に、“best ではなく better”を旨に知恵を絞りつつ、一刻も早い常態への回復に向けて全力を尽くす所存です。


 現状に対する様々な模索の一つとして、いとうせいこうさんの立ち上げた『MUSIC DON’T LOCKDOWN』に共感し、「映像配信」の形で参加することにしました。「音楽文化の持つ意味を再認識する機会であること/医療現場の現実に対して何ができるかを考えること」伝統音楽からもこうしたメッセージを広く伝えたく……と言うより、伝統音楽から「伝統」という文字を取り去って、純粋に音楽として果たせる役割を自らに問いたく思っています。
 写真は、配信映像を収録している様子。
 選りすぐりの邦楽アーティスト4組にお声がけしました。

https://www.cinra.net/column/202004-mdl_myhrt

古典空間
木立 KODACHI:木場大輔(胡弓)×足立知謙(ピアノ)

古典空間
後藤幸浩(薩摩琵琶)

古典空間
邦楽囃子方集団・若獅子会

古典空間
小山豊(津軽三味線)× 小湊昭尚(尺八)
× 林正樹(ピアノ)× 福森康(ドラム)

(2020年8月 COLARE TIMES 掲載)

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