ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の伍拾九】心に降る雪

2010年3月

小学校入学前に2年ほど、石川県の白山市鶴来町で過ごした経験があります。自分の背丈の倍ほども積もった雪の上で遊びまわったことを、先日の黒部の大雪に遭遇して懐かしく思い出しました。ただでさえも寒い上にJRの不通にはさらに肝を冷やしましたが、南国・沖縄からやってきた池田卓の歌に胸が熱くなりました。スタッフでありながら彼の歌にはいつも泣かされます。

さて通常、演劇に音楽は不可欠ですが、日本の伝統演劇・歌舞伎では、舞台下手に黒御簾という部屋があります。「黒御簾音楽」といって、その中から簾を通して舞台の進行を見ながら、登場人物の心情描写や場面情景にふさわしい音楽を演奏します。“歌舞伎の効果音&BGM”と言えましょう。下座音楽とも陰囃子ともいわれます。

歌舞伎の黒御簾音楽を紹介した公演の様子

歌舞伎の黒御簾音楽を紹介した公演 出演者:伝の会(杵屋邦寿・松永鉄九郎)



黒御簾音楽は大きく三つに分類できます。まず、三味線の伴奏で唄われる歌詞のついた曲。次に、「合方」という主に三味線で演奏される曲。長唄の唄方、三味線方が担当します。そして雨・雪・風・波などの自然現象、「ヒュードロドロ」でお馴染み、幽霊の出現などを大太鼓や笛を中心とする様々な鳴物で演奏する曲等々、その数は800曲とも1000曲以上ともいわれています。

黒御簾音楽には「雪音」というのがあって、雪が降るシーンではまず耳にすることになります。大太鼓を「雪ばい(雪バチ)」という、先に布を巻いたバチで優しく静かに打ちます。三味線が入る時は、地歌の「雪」の一節が演奏されます。
私の好きな芝居のひとつに『恋飛脚大和往来』の「新口村」があります。行きがかりから公金横領の罪を犯し、追われる身となってしまった忠兵衛が、恋人の遊女梅川と故郷の新口村にたどりつく場面から始まる悲劇。一面の雪景色の中、梅川、忠兵衛、忠兵衛の実父・孫右衛門がおりなす男女、親子の情愛が、情緒溢れる表現で描かれている名作です。

幕が開くと、大太鼓の低い音が控え目にも優しくも聞こえてきます。本来降る雪に「音」などありません。しかし、この音を聞くとなぜか不思議なことに脳裏や心の中に雪が降るのです。「しんしんと降る雪」という表現がありますが、「しんしん」は実際の音ではなく、「雪が降る」という現象を、人ひとり一人の心象が、静かにも穏やかにも受け入れた時に、心で感じる音なのかも知れません。黒御簾で演奏される「雪音」は、まさにその芝居の登場人物たちの心象風景をも見事に表現しているのだと思います。

薄暗い4階幕見席で、芝居が進むにつれ、梅川、忠兵衛、孫右衛門に同化してしまった私は胸が熱くなり役者に声をかけるのも忘れ思わず涙ぐむ……そんな思い出の歌舞伎座も間もなくその歴史に幕を閉じようとしています。涙。




黒御簾音楽を紹介したCD
歌舞伎黒御簾音楽精選110のCDジャケット
歌舞伎黒御簾音楽精選110

鳴物選集CDのジャケット
鳴物選集

(2010年03月 COLARE TIMES 掲載)

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