ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の九拾】『道成寺(どうじょうじ)』を観て想う

2016年11月
古典空間

『道成寺絵巻(国立国会図書館蔵)』

野分、例の年よりもおどろおどろしく、空の色変わりて吹き出づ。 (『枕草子』百八十八段)

「野分(のわき)」とは、野の草を吹き分ける秋の強風、つまり台風を指す古語ですが、今年の野分は、野の草どころか大暴れした大蛇が大地を引き裂くような規模のものが続きました。

能の『道成寺』。能の五流派(観世、宝生、金春、金剛、喜多)それぞれ、各場面に秘事・秘技が連なり、能楽師たちが命がけで挑む演目と言われています。

紀州道成寺に残る安珍・清姫伝説。惚れた安珍に裏切られた清姫が、川向こうの道成寺に逃げた安珍を追って大蛇となり日高川を渡ります。ついに安珍が隠れる鐘に巻き付いて火を噴き鐘ごと焼き殺す……女の情念、執心の強さを象徴するような物語です。

さて、それ以来“鐘の無い”道成寺。その再建鐘供養の日に、女人禁制を破って一人の白拍子(しらびょうし)(女芸人、実は清姫の怨霊)が入り込み、舞を舞うと見せて鐘を引き落としその中に姿を消します。僧は祈りの力で鐘を引き上げますが、そこに現れたのは大蛇。僧の法力と戦いますが、敗れて川の中に姿を消します。この道成寺伝説の後日談こそ、能、歌舞伎、日本舞踊、人形浄瑠璃、長唄・荻江(おぎえ)節など各種邦楽、様々な地域の郷土芸能、琉球組踊に至るまで実に多くの作品が残る『道成寺』なのです。

6月19日、国立能楽堂で、鎌倉能舞台を主宰する観世流シテ方の能楽師・中森貫太さんが白拍子と蛇體(じゃたい)を、またアイ(※)を黒部でもお馴染みの野村萬斎さんが勤めました。開演時より漂う緊張感と圧倒的迫力。とくに見せ場は「乱拍子(らんびょうし)」の舞。白拍子の消えやらぬ執心が鐘に迫ります。「鐘のほかには松ばかり。暮れ初めて鐘や響くらん」と謡い切った瞬間にかかる小鼓の「ヤァーッ!」と絞り出すような掛け声。その直後からシテ方を勤める能役者と小鼓方による“切るか切られるか”のせめぎ合いに文字通り息が詰まります。動きと音を極限まで削ぎ落とした表現に凝縮される心情。こうした世界こそ、まさに古典芸能でつくり出す良質な緊張感に満ちた劇場空間なのです。
「急の舞」、クライマックスの「鐘入」……と続きますが、今月はまったく紙面が足りません。

能と狂言は、お互いに表裏一体の関係で支え合い「能楽」として成り立っています。だからこそ世界に誇るコラーレの能舞台で「能楽」公演の実現を切望するのです。

水鏡に映る立山の絶景と共にあるこの能舞台でこそ観たい能があります。『善知鳥(うとう)』……旅僧がまさに越中立山で老人と出会うところから始まり、殺生を生業とする猟師の悲しみ、運命の酷さを描く演目です。「『花』を演じきる能役者がこの舞台から誕生することを……」コラーレ生誕20年を疾うに過ぎて、すでに「待ったなし」なのではないでしょうか。

※アイ
前シテ(物語の前半)と後シテ(後半)のつなぎで、前半の内容を語る役割。狂言方が勤める。『道成寺』の場合は、能力(寺男)となる。

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