ラレコ山への道 小野木豊昭 古典空間への誘い

【其の参】人形浄瑠璃も狂言もいただきます!~ 著作権のない時代の芸能における異種間交流についてのお話 ~

1998年7月

 いきなり私事で恐縮なのですが、この4月末にタバコをやめました。(……と敢えて宣言して二度と復活しないように自分にプレッシャーをかけているのです)するとどうでしょう! まぁ何と口に入るものがうまいことか。この薄汚れた東京の空気でさえおいしく感じてしまいます。当然食事の量 が増える増える。結果として目方も増える増える。3月に黒部に伺ったときにはいていたズボンが入らない! それでも富山の美味なる魚介類や銀盤(※1)が懐かしくて恋しくて……ハイエナのように貪欲な私です。

 ハイエナのように貪欲といえば、実は歌舞伎も“演劇界のハイエナ”だった(※2)時期もあるのです。その貪欲さたるやハイエナどころかジョーズの如くありとあらゆるものを喰い尽くし、その体重、つまりレパートリーを増やしつつ現在に至っている芸能だと思います。

 例えば、あの八代将軍吉宗の時代である1700年代の中頃。いわゆる享保の改革による弾圧や、近松のような名作者も登場せず芝居の内容がVSOP化(※3)していたこと、そして大坂を中心に黄金時代を迎えていた人形浄瑠璃のパワーに完敗等で「歌舞伎はあれども無きがごとし」という状態だったらしい。そこで歌舞伎は起死回生を図る。全盛だった人形浄瑠璃のお話をそのまんま戴いちゃった。あの『仮名手本忠臣蔵』や『義経千本桜』も元々は人形浄瑠璃だったのです。

 次にお話したいのが明治維新以後のこと。歌舞伎よりはるか以前に生まれた能と狂言からもいかに多くの栄養を戴いてきたことか。明治新政府のとった文明開化、欧化政策の風潮のなか、歌舞伎を能のような高尚で格調高い演劇にしたいと考えていた九代目市川団十郎や五代目尾上菊五郎が中心になって能狂言の演目をベースにした歌舞伎を盛んに上映したのです。能とセットで演じられてきた狂言も、例えば『花子』が『身替座禅』や『棒しばり』といった演目にアレンジ!といった具合。これらは、能舞台を模倣して正面 に大きな松の描かれた板羽目のある舞台で上演されたため「松羽目物」といわれています。登場人物がはじめに自己紹介するところは能や狂言と同じなのですが、決定的な違いは三味線音楽入りの言わば“ミュージカル”に仕立て上げられちゃっているところ。主にセリフとマイムだけで演じられるオリジナルの狂言とは是非見較べてみたいところですね。

(※1)富山県黒部市の地酒。
(※2)今の歌舞伎を動物にたとえると……、ニホンカモシカぐらいかな。一応天然記念物だけど。
(※3)「Very Special One Pattern」という昔流行った寒いギャグ。

(1998年07月 COLARE TIMES 掲載)

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